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フリッカー
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ゴルーグの巨体がフィールドに倒れ込む。同時に起きたまるで地震のような揺れが、ゴルーグが戦闘不能になった事を知らせていた。
「う……くっ」
途端に、胸が苦しくなり、思わず胸に手を当てる。
息が切れた時に酸素を欲しがるように、倒れたゴルーグは私の生命力を吸い出したのだ。つまり私の負担は、手持ちポケモンが倒れるほど大きくなる。だから損害は最小限にしたかったのだが――
「どうしたんですか?」
「……いいえ、何でもありません」
このトレーナーの実力を、私は少し侮っていたらしい。
トウヤは間違いなく、相当な実力を持つトレーナーだ。力を出し惜しみしていては、この相手は倒せない――!
そうして、試合は熾烈を極めた。
Nの時のような一方的な展開ではなかったが、トウヤは私の手持ちに対して臨機応変にポケモンを入れ替えて対応していた。私が倒せたポケモンこそいたものの、気が付けば私の残りの手持ちはシャンデラのみとなっていた。
単純に試合の流れだけ見れば、とてもいい試合だった。トウヤのポケモンが繰り広げる戦術は、目を見張るものがあった。私が劣勢になったとはいえ、そんな相手との対戦は純粋に楽しめるものであっただろう。
だが私には、そんな試合を楽しむ余裕すら与えられていない。
「おおおおおおっ!!」
トウヤが共に突撃するかのように叫びながら、エンブオーが“もろはのずつき”で突撃してくる。いわタイプの最高レベルの攻撃わざを受けてしまっては、シャンデラはただでは済まない。
「はあ、はあ……“シャドーボール”で……!!」
迎撃すれば間に合う。
だが、その指示は遅かった。指示が届いてシャンデラが応戦しようとした時にはもう、エンブオーはシャンデラの懐に飛び込んでいた。
シャンデラは“シャドーボール”を放つ事なく、エンブオーの一撃を受けてしまった。力なく宙に放り投げられたシャンデラは、そのまま私のすぐ前に落ちる。大ダメージを被ったのは明白だ。そういう意味では、既に勝敗は決したも同然と言える。
「あ……はあ、はあ、はあ、はあ――!」
既に心臓は悲鳴を上げている。整えようとしても全く治まる気配がない。指示の遅れにまで響いてくるとは、もはや致命的だ。自力で立っている事が不思議に思える。
「あ、あの……大丈夫ですか? 息荒いですよ?」
さすがに様子がおかしいと思ったのか、トウヤも気になり始めている。この状態で気付かない方がおかしいだろう。常識的に考えて、これ以上の試合続行は不可能だ。普通ならここは、誰もが試合を中止すると決めるだろうが――
ふと、地面に落ちたシャンデラに目を向ける。
なぜか、こちらに向けていたシャンデラと目が合う。その目はなぜか、私を気遣っているようにも見えた。
「……?」
いや、そんなはずはない。シャンデラが私を気遣うなどあり得ない。
きっと、私の指示を待っているだけなのだ。この後私がどんな指示をするのか、気にしているだけなのだ。つまりシャンデラは、まだ試合続行を望んでいるのだろう。そう、私はトレーナーの役割をポケモンに無理やりやらされている奴隷のような存在だ。だから、ポケモンに指示する立場というのは名ばかりのもの。シャンデラが戦うと望むのなら、私も同意するしかない。
そう。たとえそれが、私の破滅に繋がるのだとしても――
「う、く……」
とうとう足に力を入れられなくなる。私の体がばたりと崩れ落ち、視界が暗転する。
「ああっ!? どうしたんですかシキミさん!?」
トウヤの声も、もはやはっきりと聞こえない。
そのまま私の意識は、闇へと落ちていった。
*
「う……」
どれくらい時が立ったのか。
私の視界が、ゆっくりと開かれた。視界に最初に入ったものは――
「……え?」
目の、錯覚なのだろうか。
私の顔を覗き込んでいるシャンデラがいる、ように見える。
焦点が定まってくる。
すると目の前には、間違いなく私のシャンデラがいた。なぜかひどく心配しているような顔で、私を見つめている。
「シャン、デラ……?」
わからない。
どうしてシャンデラが私を心配しているのか。私を利用しているだけのシャンデラに、私を心配する理由なんて何も――
「よかった。目を覚ましたんですね!」
横から聞こえてくる声。
見るとそこには、トウヤがいた。彼はシャンデラのちょうど側にいる。状況からして、私は彼によってここに寝かされていたのだろう。
「どうなるかと思いましたよ。シキミさんのポケモン達も、みんな心配していましたし」
「え……?」
私のポケモン達が、みんな心配していた――?
体を起こすと、すぐシャンデラも含む私のポケモン達の姿がある。みんな、私の顔を見るなり嬉しそうな顔をして、一斉に集まってきている。
「どうして……? なぜアタシの事を……? アタシは、ポケモン達に心配される理由なんてないはずですが……」
「な、何言ってるんですか? ポケモンがトレーナーの事を心配しない訳ないでしょう?」
それが当たり前だと思っているかのように、トウヤが尋ねる。私はすぐに首を横に振る、
「いいえ、そんなはずはありません……アタシに寄生しているような存在のアタシのポケモン達が、そんな事をする訳――」
「き、寄生!? どういう事ですか、それ!?」
激しく狼狽するトウヤ。
そんな彼に、私は事情を説明する。私は、ポケモン達に生命力を常に奪われているのだと。だから私はポケモン達に利用され、ポケモン達は私を利用しているだけにすぎないのだと。これが、私にかけられた『呪い』なのだと。
その話を聞いたトウヤは、激しく動揺していた。当然だろう。こんなに残酷なポケモンとの関係なんて、私以外にいないだろうから――
「変な事言わないで下さいよ!!」
だが、トウヤはなぜか違う、と言わんばかりに声を上げた。
「そんな、シキミさんのポケモン達がそんな事している訳ない!! それだったらどうして、シャンデラ達はこうやって心配してるんですか!!」
「え――」
その言葉は、まるでバケツ一杯の水をかけたかのように、私の思考から余計なものを取り去った。
「シキミさんの生命力を吸っているって話は本当だと思いますけど、それでもシャンデラ達はシキミさんが倒れている間、ずっとシキミさんの事を心配していたんです!! なら、シキミさんの事を粗末に思っている訳ないでしょう!!」
「……」
シャンデラ達に目を向ける。
一斉に私に向けているその瞳は、先程とは一転して落ち込んでいる。まるで、自らの罪を謝罪しようとしている子供のように。
「本当、なんですか……?」
シャンデラに尋ねる。
するとシャンデラは私の前で、いかにもごめんなさいと言うように、サッと頭を下げた。そして他の三匹も続けて頭を下げる。どう見ても、嘘をついているようには見えない。シャンデラ達は本当に、私に謝っていた。
あなたの力を吸いすぎてごめんなさい、と。
謝る事と言えばこれしかないのだから、言葉を交わせずともすぐに理解できた。
「シキミさん。その、あまり偉い事は言えませんけど、シャンデラ達がしていたのは、『寄生』じゃなくて『共生』だと思います。その、生命力を少しもらう代わりに、自分達が力になるって感じの。だってシキミさんとシャンデラ達、勝負中も凄く一体感がありましたから。シキミさんが力送ってるって感じで。だからそういうのは、『寄生』とは言わないと思いますよ」
……ああ、そうか。
考えてみれば、伝承通りにシャンデラ達が見境なしに人の生命力を吸うのなら、私は出会った瞬間に死んでいるはずだ。そんな事をせずに私が生きられた理由。それはトウヤの言う通り、私という人間と『共生』するという意志があったからなのではないか。
シャンデラ達は私の生命力を殺さない程度に吸う代わりに、私の期待に応えてくれた。ポケモン勝負をしている時の疲労も、私に共に戦っているという実感を沸かせ、それで得た勝利には喜びもあった。だからこの喜びを得たいと、強くなりたいという願いを抱き、四天王という立場を手に入れる事ができた。
そう。私が勘違いしていただけだった。シャンデラ達にとっては、私は共に道を歩んできた存在。だから今回はやりすぎてしまって私の体に負担をかけすぎた事を謝っているのだ――
「シャンデラ……」
自然と、シャンデラに手が伸びる。その手がシャンデラの頬に触れた瞬間、僅かに顔を上げるシャンデラ。
ゴーストポケモンは実体を持たない。だから人の手で触れる事はできない。だけど私の手は、シャンデラの頬に触れた感触を、確かに感じていた。
「謝らなければいけないのは、アタシの方です……アタシが、勝手にアタシを利用したと思い込んで……シャンデラ達の信頼に、気付かないまま……」
罪悪感で、自然と顔がうつむけられる。頬を、何か熱いものが流れていくのを感じる。
立ち上がって、シャンデラから離れる。今度は、残りの三匹だ。デスカーン、ブルンゲル、ゴルーグの順に、そっと撫でていく。
ごめんなさい、と謝りながら。
「この疲労感は、アタシ達が繋がっている証だった……それを間違った方向に解釈して、自分のポケモンを疑うようなアタシは、トレーナーとして失格ですね……こんなアタシを、許してくれますか……?」
全員に対して、そんな事を質問する。そうしないと、本当に呪いを受けても文句は言えないと思ったから。
すると、シャンデラ達は微笑みで答えてくれた。それは、私を許してくれるという意思表示だった。それは、久しぶりに見た手持ちポケモンの笑顔だった。
「……アタシのポケモンでいてくれて、いいという事ですね?」
シャンデラ達は、はっきりとうなずいた。
それが私には、とても嬉しかった。私達の間には、確かな『絆』があったんだと確かめられたから。
「――ありがとう、みんな」
*
私が抱いていた間違いに気付かせてくれたトウヤは、他の四天王三人にも勝利してNに挑み、伝説のポケモンであるゼクロムに選ばれ、プラズマ団の野望を打ち砕いたという。
彼とはそれ以来、顔を合わせていない。きっとより高みを目指して、旅をしている事だろう。だが、ただ一度だけの出会いでも、わかった事がある。トウヤは私の間違いに気付くほど、ポケモンに対し純粋な気持ちで接し、大切にしていたトレーナーなのだ。だからこそ、ポケモンの解放を謳うプラズマ団にも勝てたのだろう。
そんな彼に倣って、私もポケモンリーグを後にして、旅を始めた。
初心に返って自分のポケモンを疑うような自分の考えを鍛え直したい、というのが一つ。そして、私の目を覚ましてくれたトウヤに会えたらいいな、というのがもう一つ。彼に会えたら、改めてお礼を言いたいのだ。いつ、どこで会えるのかは、私にもわからない。ただ、そうなって恥ずかしくないように、私は私自身を、ポケモン達の力を磨いている。
私達はポケモン勝負という形で、ポケモンと日々を過ごしている。
考えてみればそれは利用し、利用されているような歪な関係だが、それは少し変わった共生であるだけで、決して間違いではない。
――だって。
自らの生命力を差し出す私と、それを吸うシャンデラ達の間にも、確かな絆というものがあるのだから。
終
2011/01/04 Tue 10:29 [No.32]