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フリッカー
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 意識が戻った時は、体力は何とか体を動かせるほどにまで回復していた。
 それでも重い体を引きずって、バトルフィールドから自分の書庫へと戻る。
「……あぁ」
 力なく木の椅子に座り込み、背もたれに体を預ける。
 今回はまずかった。ここまで体力を使った――いや、“使わされた”のはいつ以来か。下手をすれば戦闘中に気を失ってもおかしくなかった。それだけ、あのレシラムは強すぎたのだ。
「『その男、瞳に暗き炎をたたえ、ただ一つの正義を成すため、自分以外の全てを拒む』……はあ、こんな時に何を考えているのでしょうかアタシ……」
 ふと思いついた一節を口にして、自分の癖に呆れる。
 小説家が本業故か、印象に残った事はどんな事でも小説の一節のような言葉でまとめてしまう事はよくある。こういうどうでもいい時に思い浮かんでしまうのは、問題ではないかといつも思う。
 私はゴースト使いとなった代償として、一つの『呪い』を受け取ってしまった。
 始めは些細な事だった。ポケモンバトルをしている中で、動いてもいないのに運動したような疲れが襲ってくるような事があったと思うと、次第にそれが日常茶飯事になり、手持ちを増やしていくと急に疲れやすくもなってきた。
 そして、私は気付いたのだ。
 自分の体力が、自分のポケモンに“持っていかれている”という事実に。
 ゴーストポケモンは、出会った人間の生命力を吸って生きている。シャンデラの炎に包まれると魂を吸い取られて燃やされ、抜け殻と骨だけが残ってしまうという話もあるし、ブルンゲルは住処に迷い込んだ船の乗組員の命を吸い取るという話もある。
 つまり私は、手持ちにしたポケモン達に“寄生されて”しまったのだ。私の手持ちになる代償として、私の生命力を差し出すという形で。
 だから私は、常に4匹ものゴーストポケモンに生命力を吸われているのだ。平時でも激しい運動をするとすぐに息が切れてしまう。そして戦闘時に、この影響は顕著に表れる。
 ポケモンは戦闘時に、多くのエネルギーを消費する。そのために、私のポケモン達は消耗するエネルギーを私の生命力で補っている。つまり私のポケモンの戦闘は、私自身の戦闘とほぼ同義。私のポケモンが戦うほど、私は体力を消耗していくのだ。逆に言えば、この手段で力を得ているからこそ、私は四天王にまで上り詰められたのかもしれないが。
 これが、私にかけられた『呪い』。つまり私は、普通にポケモンを手にしたつもりで、悪魔と契約を交わしてしまったのだ。
 物語に出てくる悪魔は、契約した人間の願いを叶える代償として、その人間を最終的に殺してしまう。ならば私が辿り着くのも、同じ結末。いずれこの体を食い尽くされる私は、人並みに長く生きる事はできないだろう。私を待ち構える最終章は、どう足掻いてもバッドエンドだという事が決められてしまっているのだ。
「ポケモンの解放、か……」
 プラズマ団、そしてNが謳っていた事を思い出す。そして、シャンデラを納めているダークボールを手に取って見つめる。
 私は多くの人と同じようにポケモントレーナーになる事を願い、ポケモンを手にした結果、ポケモン達の苗床にされるという結末に至ってしまった。ポケモンを利用する人間が、逆にポケモンに利用されるという矛盾。これを知っているからこそ、私はプラズマ団の思想に共感できる所があった。やり方こそ間違っていると思うが。
 考えてみれば、私はポケモンを愛していたつもりになっていて、本当に愛していた訳ではなかった。気が付けば、ポケモンの事をステータスだけで評価していた私がいた。つまり私は、ポケモンを自分の目的を果たすための道具にしか見ていなかったのだ。私のポケモン達も、私を自分達が利用するための存在としか見ていないのかもしれない。それはきっと、他の人も同じなのだろう。
 なんて、なんて歪な、ポケモンと人との絆。
 彼は言っていた。
 このままでは、私は破滅すると。
 なら、このポケモン達をすぐに手放せば、私は楽になれるかもしれない。ポケモンに生命力を吸われる苦しみから解放されて、自由になれるかもしれない。
 だが、手放したら主ではなくなった私に、何をするかわからない。それこそ、私の生命力を吸い尽くして殺すかもしれない。そう、寄生されている以上、私がポケモン達に逆らう権利はないのだから――
「……はぁ」
 考えていても答えがまとまらない。
 私は考えるのをやめて、疲労を回復させる事を優先する事にした。Nに正々堂々と戦って敗れた以上、もう敗者である私がNの行動に干渉する権利はないのだ。だからどの道、今日やる事はもう何もない。ならば疲労を回復させるのが一番だ。
 背もたれに背を預けたまま、目を閉じる。
 すると睡魔が急に襲ってきて、私はすぐに眠りに落ちていった。
     *
 ――だが。
 その後、何ともう一人の挑戦者が現れた。
 まるでNの後を追うように現れたその挑戦者は、一般のポケモントレーナーだった。
 トウヤと名乗ったまだ10代前半に見える少年は、何と本当にNを追ってやってきたトレーナーだった。
「すみません、早く始めてくれませんか! 俺、時間がないんです!」
 トウヤは余程焦っているのか、私に勝負を急かしてくる。
 私としては、二人目の挑戦者である彼は迷惑な存在だった。Nとの試合の疲れが、まだ私は十分に取れていない。ポケモンは問題ないのだが、体力を消耗する関係上、一日の間に連戦はきつい。だから普段は、試合を極力一日一試合とするようにしている。だがトウヤは頑なに今ここで試合をする事にこだわり続けた。
 何でもトウヤは、Nを自らの力で何としてでも止めようとしているらしい。だが、あんなポケモンの範疇を超えたレシラムに一般のトレーナーが挑むのは無謀すぎる。実際に対戦したからこそわかる。
 だから私は、尋ねた。
「どうして急いでまで、Nを止めようとするんですか? 彼は、並のポケモントレーナーでは歯が立たない相手なんですよ?」
「そんな事はわかってます。俺は何度も対戦したんです。だからあいつの実力がどれくらいなのかも把握しているつもりです。それに――」
「それに?」
「俺は、あいつの目を覚ましてやりたいんです! ポケモンが人間と切り離されて暮らすなんて、間違いだって! そんなのは、差別と同じ事なんだって! だから俺はあいつに追いついて、あいつに勝たないといけないんです! 俺と、ポケモン達の力で!」
「……それは、自分の力でできると本当に思っているんですか?」
「できないってわかってたら、ここになんて来ませんよ」
 トウヤの瞳には、明確な意志が宿っている。Nに追いつくために、四天王に勝利しなければならないという強い意志が。
 こうなってしまってはもう、言葉で追い返す事は不可能だ。ここは試合を受け入れてトウヤの心意気と実力を見るしかないらしい。体への負担を減らすためにも、できるだけ早く試合を終わらせなければ。
「わかりました。ゴーストポケモン使いの四天王シキミ、お相手いたします!」
 かくして、試合の火蓋は切って落とされた。
 トウヤが最初に繰り出したポケモンはおおひぶたポケモン・エンブオー。対して私が繰り出したのは手持ちの中で一番の巨体を持つゴルーグ。二匹の体格差はあまりにも大きい。鍛えられていないポケモンなら、その体格差を思い知っただけで戦意を喪失する事もあるが、エンブオーは倍もある体格差に臆せずに見構えている。そういう所はちゃんと鍛えられていると言える。
「行くぜヒート! お前の力、俺と一緒に見せてやろうぜ!」
 エンブオーには『ヒート』というニックネームを付いているようだ。それは、それほど自らのポケモンに愛着を持っている事を意味する。だが、引っかかったのは『俺と一緒に』という言葉。そしてトウヤ自身も、まるでこれから自分も戦おうとしているかのように身構える。
「何を言っているんですか? ポケモン勝負というのは、ポケモンだけが行うものですよ? トレーナーはあくまで指示をするだけです、ポケモンと共に戦う存在ではないでしょう?」
「そんな事はありませんよ! ポケモン勝負っていうのは、ポケモンとトレーナーが一心同体になって、初めてできるものですよ! それを見せてやります! ヒート、行くぞ!!」
 トウヤの言葉を合図に、エンブオーがゴルーグに向けて飛び出した。その体つきに似合わない速度だが、シンプルすぎる、愚直なまでの正面突撃。
 ポケモンとトレーナーが一心同体になって、初めてできるもの――トウヤはそんな事を言っているが、果たしてエンブオーは同じ事を思っているのだろうか。私のポケモン達と同じように、都合のいいようにトウヤを利用しているだけではないだろうか――
「“シャドーパンチ”です!」
 ゴルーグの拳がエンブオーを迎え撃つ。さすがにまずいと気付いたのか、エンブオーは腕を組んで防御体勢になる。
 ゴルーグの拳は、エンブオーを吹き飛ばすのに十分だった。しかしエンブオーは、“シャドーパンチ”の衝撃を吸収しきり、フィールドの隅まで吹き飛ばされながらも踏み止まって倒れる事はなかった。
「……さすが四天王だ、一筋縄じゃ行かないか……ならもう一度だ!」
 トウヤの瞳に怯みはない。その勇敢さこそ評価できるが、それでもう一度先程と同じ戦法を取るのはあまりにも迂闊すぎる行為だ。それとも何か、策があるというのか――
「“アームハンマー”です!」
 ともかく近づいてくるのならば、間合いに持ち込まれる前に応戦するまで。左手に握るダークボールを突き出し、指示を出す。
 ゴルーグが両手を組んだ腕を振り上げる。向こうから近づいてくるので、自分から近づく必要はない。正面突撃するエンブオーは、ゴルーグの間合いに自ら飛び込む形になってしまう。これでアームハンマーを当てられれば、エンブオーを確実に倒せるだろう。
「右だ!!」
 しかしそこで、エンブオーは急に方向を転換し、ゴルーグの側面へと飛んだ。ゴルーグの腕は空を切り、誰もいない空間を叩くだけ。
 そこで懐に飛び込むのか、ととっさに思ったが。
「よし、“ねっとう”!!」
「な――!?」
 その指示に、私は不意を突かれた。
 ほのおタイプなのに、みずタイプのわざを――!?
「いけええええっ!!」
 トウヤの素振りストレートと共に出された掛け声に合わせるように、エンブオーは口から熱水を放つ。
 とっさにエンブオーを視線で追おうとした顔に、“ねっとう”が直撃する。“アームハンマー”を放った直後のゴルーグに、これをかわせる手段はなかった。これが近接攻撃だったのなら、まだ対処する手段はあったのだか。
 効果は抜群。ゴルーグが初めて体勢を崩す。膝を付く程度で済んだものの、ダメージは相当なものだ。
「今だ!! “フレアドライブ”行くぞ!!」
 エンブオーの体が炎に包まれたと思うと、動きが鈍ったゴルーグに隙ありと飛び込む。
 まずい。今あの一撃を受ければ、ゴルーグは倒されてしまう。受け止めて、そこから反撃の糸口を――!
「ゴルーグ!!」
 私が呼ぶと、ゴルーグはすぐに反応して、両手を盾にして飛び込んできたエンブオーを両腕で受け止める。まるで、ボールを受け止めるゴールキーパーのように。
 ゴルーグのパワーは、エンブオーに全く遅れを取らない。遅れを取るはずがないのだが――ゴルーグの腕は明らかに押されている。パワーを和らげる事が精一杯だというように。
 そこで、私はようやく気付いた。
 ゴルーグの体が、“ねっとう”による『やけど』を負っている事に――
「いっけええええっ!!」
 トウヤも自分も力を出しているような声に圧倒されたのか。
 ゴルーグはとうとうエンブオーのパワーを相殺しきれなくなり、エンブオーの“フレアドライブ”をもろに受けてしまった。
2011/01/04 Tue 10:27 [No.31]