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kaku
春であった。
哲男は、桜を見に来ていた。
「いやー、めっちゃきれいやなー。大学落ちて家追い出された悲しみなんか、忘れてしまいそうやなー」
平日の午後の公園には、人はいなかった。まさに、満開の桜を独り占めしている気分だった。
実際には、独り占めしているのではなく、世間の動きに取り残されているだけなのだが、自分が真っ当な浪人生であると思い込んでいる哲男は、気づいていない。
ただ、青空に映えて咲き誇り、石畳を覆うほどに舞い散る桜を楽しんでいた。
「しかし、ほんまにきれいやな。春だけあって暖かいし、なんか眠たくなってきたわ。ここはひとつ、この美しい桜に彩られながら、まどろみに身を任すとするかな!」
そう言って、哲男は、その場に横になって、寝た。
目覚めると、裸の女が、哲男の頭の横にたっていた。
「誰やお前は。女神か。ひょっとして、桜の精か」
哲男は、驚いてそう問いつつも、女の乳を揉んだ。
ピンク色の長い髪も、思わず抱き締めたくなるような小柄な体躯も、それに不釣り合いな大きな胸も、すべてがいとおしく思えた。下から押し上げるように鷲掴みにした掌には、重力に逆らわずも張りを持った、瑞々しい重みが伝わる。指先は、柔らかな脂肪の中へと沈んでいくようだ。
その髪の色も、透き通るような白い肌も、女から漂ってくる甘ったるい香りも、全てが非現実的であった。夢の中にいるようだった。さっき寝た時から、まだ目覚めずに、眠りの中にあるのではないかという気がしてきた。ひょっとしたら、この甘い香りが、鼻を通って脳へと至り、理性を包みこんでしまったのかも知れない。そう、忘我の中で、哲男はただただ、乳を揉んでいたのだ。
だが、そんな夢のような時間は、ふと女の目を見たときに、終わった。
女は、哲男の顔を見ていた。その目は、まるで春の空のように、澄んだ青色だった。表情は、なかった。笑っては居なかったし、かと言って、哲男の行いに不快感を表しているようでもなかった。ただ、無表情であった。全てを見透かすような光を湛えた大きな目と、花びらのような可憐な唇は、まるで少女のような幼さを作り出していた。
目と目があったとき、哲男は、胸から手を離した。
手を離さざるを得なかった。
その時生まれた感情は、恋だったのかも知れない。突発的に燃え上がった肉欲は急速に消え去り、目の前のあどけない少女を穢したくないという欲求が沸き上がってきた。次には脚を開いてやろうと思っていたのに、その目を見たとたん、あらゆる穢れから彼女を守りたいという気にすらなった。
それもまた忘我であることには変わりはない。だが、原始的な欲求を脊髄に直結させて行動するのと違い、思考を差し挟む余裕が生まれていた。
女は、そのことを分かっていたのだろう。哲男が最初に発した問に答えたのは、哲男が乳から手を離し、ある意味“我に返った”といえるその時であった。
「いいえ、違います。私は、この公園の管理事務所の者です」
なんと女は、管理事務所の人だった。
だが、女の答えには、あまりにも納得できないことが多すぎた。ああそうですか、と納得するには、どうしても腑に落ちないことが多すぎた。
哲男は、いろいろな疑問の中で、まず最初に問うべきことを訊いてみた。
「なんで、公園の人が、僕の横に居るんですか?僕はなんも悪いことはしてませんけど」
皆が働いたり学校に行ったりしている間に、こうして公園で花を愛でているのは、親に迷惑をかけているという点では悪いことかも知れない。だが、それは、犯罪行為ではない。公園に損害をもたらすようなことはなにもしていないのだから、管理事務所の人が来るのは、おかしいのではないか。
哲男は、心のなかで自分にそう言い聞かせながら、ハラハラしていた。自分が自覚していないだけで、実は知らない間に何か悪いことをしていたのではないかという気がするのだ。ひょっとしたら、公園で昼寝をしたのがまずかったのかも知れない。まさか、こんなことで逮捕されるのだろうか。そう考えると、心臓が破裂しそうな思いだった。
だが、返る言葉は、意外なものだった。
「私はこの公園の管理事務所の者ですが、あなたの桜を愛する気持ちに心を打たれました。あなたの願いを、なんでもひとつだけ叶えて差し上げましょう」
2011/04/05 Tue 22:06 [No.224]