Net4u レンタル掲示板を作る
あきはばら博士
「起こしてしまうのは悪いので、ドアを閉めましょうか」
ああ、とマルクは後ろのドアを閉めた。
「まず報告から。マルクさんの怪我は意外を深くなく完治したと言えます、有留さんはほぼ無傷です、ミナヅキさんとレイル氏はバラバラになって手の施しようがありませんでしたすみません、Makotoさんは左腕の組織面が綺麗に残っていたのでうまく繋ぎ合わせて病室に寝かせてあります、病室はご存知の通りにごった返していますのでバレることは無いでしょう。フィリットさんどなんさん椎名さんジャグラーさんも別室にて保護しております、ラプラスさんはクールさんとの戦いで亡くなりました。私が把握している人はこれだけです」
「……あ、 ……分かった、ありがとうなんだな」
想定はしていたが、やはり全員生還の戦闘は難しかったようだ、できることならば誰も死なないで欲しかった。犠牲無くして結果は得られないとは言え、悔しい。
見回すと、寝室として使われていただろう先程の部屋とは違い、こちらはごちゃごちゃと大きな机に物が置かれた生活臭が漂う広い部屋だった。
秋葉はマルクに座るよう促し、ティーポットで温かいハーブティーをカップに注ぎ、それを出した。ポケモン世界のきのみをふんだんに使っているだろうか嗅いだ事の無いトロピカルな香りがするハーブティーだった。
それを少し飲んで、秋葉は静かに語る。
「ここまで辿り着いてくれて私は一安心です」
そして、もしも貴方が私の企みに全く気付いていなかったとしたら私がやってきたことはまるで意味が無かったことになるところでした、と付け加えて微笑む。
「そんなことは無いと思うんだな」
「ふふ、そうでしょうかね? ではまず、話を早めるために。 朱鷺さん、出てきてください」
呼びかけられて奥の部屋から現れたのは、1匹のトロピウスの仙桃朱鷺だった。有留はこの事実に気付いたら、なんと言うのだろうか? いや、既に気付いているけれど、認めたくなかっただけだったろうか?
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、朱鷺さん喋ってもいいのですよ、マルクさんは全部すでに知っているのですから」
「ええっ! いいのですか? こんにちは、マルクさん! 朱鷺です! 前は攻撃してすみませんでした」
「こんにちはなんだな」
元気溌剌にはしゃいだような声、この前攻撃した時の怪我は無いかとか体は大丈夫かとかを細かに心配してくれる言動から、マルクは朱鷺は操られているわけではないことを暗に確認した。
「さて、では先程の質問に答えるとしましょう。ラプラスさんにあのような電話をした理由。それを語るためには私がポケモン世界と人間世界をどうしたいかを説明することから始めましょうか――」
秋葉はマルクにした話、それは大体次のような内容の話だった。
ポケモン世界は崩壊への道を進んでいた。
そもそもポケモンとは150匹しかいなかったはずが、それが急激に膨らみ、どんどん数が増えて、あっというまに世界各国まで広がっていった。
そうした目まぐるしい時代の流れで、このポケモン世界はパンクしそうになり、徐々に崩壊に向かっているらしい。
ガウリイルはそうしたこの世界の危機を救うために、人間世界へ侵略することで自分達の世界を生かそうとしていた。
そのための準備として、ポケモン世界と人間世界を接合させて、人間世界側の協力者として秋葉さんを呼んできたらしい。
彼女は最初はその計画に大いに賛成だったのだが、囚われたセレビィの恋人と出会い、人間世界とポケモン世界を結ぶ原理を示したあの論文を詳しく調べていくうちに、一つの可能性を思いついた。
『ポケモン世界と人間世界を繋ぎ、2つの系を平衡状態へと導いて行けば、ポケモン世界の膨張は安定してすべてが上手く行くかもしれない』 と。
彼女はそれをすぐにガウリイルに提案したが、ガウリイル曰く「それはできない、2つの異世界は決して混ざり合えるようなものじゃない」と否定をした。
しかし、彼女はそれまであの世界に生きていたからこそ、少しずつであっても必ず交流ができると確信を持っていた。人間達はこのポケモン世界を受け入れることができると思っていた。
かくしてセレビィ♂と共に協力して、ガウリイルには秘密裏に自らの計画を推し進めていくことになる。
したがって掲示板の人たちをこの世界に連れて来たのは、DMでもDCでも無く、彼女達の仕業だった。
「連れて来た人間達にDCと戦ってガウリイルを倒して欲しい、そのためには人間同士で団結して貰わなければならない、だから私はやってきた元人間の中で年齢が高くリーダーシップがありそうで、通信機器を持っていたラプラスさんにアプローチを掛けることにしました。
ラプラスさんはよく働いてくれました。想定以上に働きすぎた感じもありましたけど、そのおかげか私の計画の良いミスリードとなってくれて良かったです」
と、秋葉はあの質問に対して答える。マルクはその話に少し眉をひそめた、人の存在をただの駒として見ている、人の気持ちが考えられないそんな人間なのかと。
「私からも質問をしますが、 何故、私があの電話の主だということが分かったのですか?」
「ああ、それはなんだな……」
その世界に来たばかりのラプラスさんの名前だけでなく性格を知っていたこと、まるで人間世界での彼を知っているかのようだった、つまり掲示板の誰かということ。
あとは消去法だった、そして実際に出会ったときに確信に変わった。マルクはそう答えたあと、質問を返す。
「秋葉さんは、なんでDMにつかなかったのだな?」
DCを倒したいならばDMに裏切って真っ向から対峙すれば良かっただろう。DCを内側から崩壊させて行くためにDCに残り続けていたとしても、疑問が残る。
彼女が本当に内側から工作していたならばトップは死に本拠地も倒壊して、DMはあんな状態になるはずは無いのだ、彼女は語る。
「DMはポケモン世界が崩壊することを受け入れているからです、私はポケモン世界は無くなって欲しくないですから。DMに就くのはまっぴらです」
滅び行くポケモン世界、それを自然の流れや運命と判断して、他者を傷つけてまで運命にあがなうDCに反対して、対立していたDM。
滅び消えて無くなるものになるとしても、みんなの大切な“夢”として記憶に残り続ける、そんな『夢を作り出そう』とは言いますが、それは全く作ることじゃないと彼女は言う。
「夢とは実現させるものです。残り続けるようなものじゃないと思うのですよね」
「確かに明晰夢という単語もあるくらいだなぁ」
DCと、DMの、2つの受け入れられない思想をぶつけ合わせて共倒れさせて、自分の思想だけを実現させる。狙ったことは漁夫の利のそれであり、結果的にそれをもう少しで実現させようとしている。
あっぱれであるが、やっぱり卑怯で卑劣だ。ポケモン同士が悩み決めていくべきポケモン世界の問題だというのに、ポケモンで無い存在がしゃしゃりでて、無理を通してしまう、それは許されざることだろう。
「……何故、秋葉さんは何も言ってくれなかったんだな?」
マルクは問う。
最初から自分の計画を元人間達に説明してくれれば、無駄にDMとDCが争いたくさんの死者を出してたくさんの悲しみが生まれることも無かった。もっと平和的な終わりもあったはずなのだ。
運良く自分は彼女の野望に気付くことは出来たが、誰も気付くことが無く秋葉も朱鷺も亡くなってしまえば、その野望は何も意味を成さず最悪な結果になる。これは簡単にそんな結果になってしまう。
「この計画は、ただ人を集めればいいというわけじゃない、この計画を十分に理解して何をすればいいのかちゃんと把握できる人を集めて伝えないといけない、慎重に事を進めないと失敗に終わってしまう、カールさんやガウリイルさんには既にばれていましたがちゃんとした証拠が無い限り彼らは私に手出しが出来ない、とはいえ同時にそれは私も自由に動けないということ。だから、その時が来るまで分かる人にしか話すつもりは無かったのです」
彼女はそこでハーブティーをもう一度飲んで、しみじみに語る。
「ヒントは十分にあったはずです。このポケモン世界とは何かを真剣に考えてくれる賢い人は必ず私へ辿り着くはずですから、そんな人を私は選びたかったのです。 でも、残念ながらマルクくん一人だけという結果でしたけど」
「そんなことは…… 無いんだなぁ……」
ヒントなんて全くヒントになってなかったし、自分じゃ絶対に真相にたどり着くことは不可能だった。
マルクは一人の関西人風のツッコミ気質で元気一番な元人間の彼女を思い出す、自分ではなく彼女ならばあの歌姫との雑談をした時点で看破していただろうと思う、その証拠に真相への仮説は既に長老との謁見後の時点でほとんど彼女が完成させていた。
本来ならこの場所で秋葉と話しているべき元人間は彼女であるはずだった、自分がこの場所にいるのはたまたま彼女から話を聞いていただけに過ぎない。
「そんなことありますよ」
秋葉は言う。
「マルクくん、貴方はすごい」
「…………」
「マルクくん、私と一緒にガウリイルと戦ってくれませんか?」
「はい」
その短い返事を聞いて秋葉は床に置かれた箱の中から取り出した『ふといほね』を投げ渡し、マルクは静かにキャッチした。
リアーズやリディアとの激しい戦いで真っ二つ折れて使えなくなった『ふといホネ』は、いろいろな金属で綺麗に修復をされた上に金色に鍍金されていた、長く太く大きく、重みとがさらに増した『ふといホネ』はマルクの掌にしっかりと収まる。
「ありがとうございます」
秋葉は朱鷺に指示をおくり、早速最終決戦への準備に取り掛かる。
たくさんのひとを悲しませてたくさんのものをなくしたけれど、マルクは秋葉のことを恨んだり悪く思うことはしなかった。
2011/03/03 Thu 23:48 [No.155]