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[78]
京都の観光地のひとつに、平安京を思わせる平安神宮があります。
しかし、平安神宮の大極殿等6棟が重要文化財指定されたのは、まだ新しく平成22年(2010)12月の事です。
それはその創建が古来からの神宮ではないからであり、明治28年(1896)3月15日、平安遷都1100年を記念した、内国勧業博覧会のメインとして内裏を復元されて建てられたからです。
> 続き
紀元二千六百年の歌と平安神宮
杉さんぼく
2015/07/31 06:44
[85]
自分は、紀元二千六百年十二月生まれであります。
もう少しで逝きます、有難うございました。
Re: 紀元二千六百年の歌と平安神宮
木曽 武
2015/08/05 10:17
[91]
紀元二千六百年十二月、まだまだの燃えよ我が命ですよ。
人間、感動がなくなるとあきませんなあ。
まだまだの感動を下さい。
紀元二千六百年
杉さんぼく
2015/08/14 05:25
[95]
お酒のキンシ政宗の
キンシの漢字が、
金鵄だったのを、昨日、初めて知りました
京都御所の南側
堀野記念館(洛中・旧堀野家本宅)は、
蛤御門の変
でも燃えなかった〈文庫蔵〉が残り、歴史的資料と共に拝観可能(入館300円)です。。
お薦めです
Re: 紀元二千六百年の歌と平安神宮
京都歴史研究会代表
2015/08/16 14:13
[86]
天皇、天皇制、天皇制ideologyと言うことの思想史上の相違かも知れません。
天皇存在価値、天皇存在制度、左翼言語から生まれた天皇制ideologyのあり方が、最も顕著に問われたのが徳川幕府末期でしたから、それは桂書簡にいう「玉」の認識観念でもあきらかです。
そんな天皇「玉」取り騒ぎの戊辰戦争、波及の東北は会津、庄内にとって不幸だった奥羽列藩同盟(明確 ・・・・ >> 続き
玉としての天皇
杉さんぼく
2015/08/05 15:36
[81]
ロシアのプチャーチンが3度目の来航で大坂湾に入った安政元年(1854年)、4人の漂流民が長崎奉行所から姫路藩へ引き渡された。嘉永3年(1850年)、栄力丸に乗り込み、浦賀から大坂に向かう途中、熊野沖で暴風雨に遭い、アメリカ商船に救助された17人の乗組員のうち姫路領 加古郡内に住む4人で、サンフランシスコで留め置かれた後、香港などを経由して日本に送還された。この栄力丸には、同じ加古郡古宮村の彦太郎( ・・・・ >> 続き
大ふへん物
姫路藩 初の帆船
2015/08/02 12:23
[70]
司馬遼さんの小説「竜馬がゆく」からこれが司馬史観、歴史だ、思わされた人は多いでしょうね。
反面、司馬嫌いの人の少なくないのも事実ですが。
最近出た「攘夷と皇国」(批評社)に、面白い話が記されていました。
自由民権や赤報隊や庶民史にも論ある歴史家の色川大吉氏が、司馬史観に異議ありとして書き、また問い詰めましたが、そこで司馬遼先生は言いました「色川 ・・・・ >> 続き
司馬史観????
杉さんぼく
2015/07/28 10:32
[31]
長崎のキリシタン殉教資料本を引っ張り出すのに、長崎通詞の本が出てきたので改めて見直すと、堀達之助と松陰の話があったので紹介しましょう。
堀達之助、安政6年に蕃書調所の翻訳方となる通詞で、ご子孫の堀豊彦氏が詳細をまとめておられます。
達之助はその4年前、下田詰めでオランダ語通詞として翻訳に従事していました。
ところが、誤訳をしたとかで、安政2年、突然投獄され ・・・・ >> 続き
松陰先生余話
奥津希多世ママ
2015/07/19 11:09
[41]
なるほど、なるほど、案外知られてない事で、松陰先生の堀さんへの信頼度がうかがえる逸話ですね。
オランダ通詞仲間でも、いろいろあったようです。
Re: 松陰先生余話
杉さんぼく
2015/07/21 11:44
[69]
幕末維新は、松陰寅次郎によって幕が明き、自然堂龍馬によって幕が閉じたのかも知れません。
龍虎相撃ちながらの、龍は雲を呼び、虎は風を呼ぶ、龍雲虎風の観があります。
寅、虎と言えば、佐久間象山門下に両寅・虎がいました。
一人は松陰寅次郎、今一人が越後長岡の小林虎三郎虎です。
そして、若き龍馬もその佐久間象山に入門しています。< ・・・・ >> 続き
松陰と龍馬
杉さんぼく
2015/07/28 10:28
[49]
のんた撲斎氏の投稿にエラーが出ましたので、代理で投稿致します。
以下↓、
7月21日に出版社へメール
貴社の刊行城○○彦氏著
吉田松陰『留魂録』
P233
安政の大獄では、以下の七名が安政六年に処刑された。
鵜飼幸吉八月二十七日獄門
鵜飼吉左衛門八月二十七日斬首
茅根伊予之介八月二十七日斬首
飯泉喜 ・・・・ >> 続き
大河ドラマ『花燃ゆ』便乗書籍に遺憾
京都歴史研究会代表
2015/07/23 16:10
[50]
出版社からの返信メール
本日、7月23日
水戸史学会
のんた樸斎様
おはようございます。
致○出版社編集部の○○○○でございます。
昨日、『吉田松陰「留魂録」』の著者・城○○彦先生に
のんた樸斉様からのご質問内容を転送し、今朝、下記のご返信が届きました。
城○先生から直接 ・・・・ >> 続き
Re: 大河ドラマ『花燃ゆ』便乗書籍に遺憾
のんた樸斎
2015/07/23 19:27
[51]
著者からの返信メール
本日、7月23日
のんた樸斎 さま
拙著をお読みいただき、ありがたく御礼申し上げます。
「吉田松陰『留魂録』」の内容に関し、
丁重なご指摘・ご意見を賜り、ありがとうございました。
編集担当者が不在だったこともあり、
版元が不適切な対応をした由、本日、 ・・・・ >> 続き
Re^2: 大河ドラマ『花燃ゆ』便乗書籍に遺憾
のんた樸斎
2015/07/23 19:35
[53]
珍しい対応ですね。
やはり肩書きが効いたのでしょうか。
最近、やっと萬延元年が安政7年とされる表記がなされました。
知識を対価に替えて知らしめる側が、きちんとしなければなりません。
罪科については、解釈が幕法と各藩法典例に若干の違いもあります。
普通、500石以上なら斬罪(成敗)となるとこ ・・・・ >> 続き
水戸史学会の肩書きに弱かった出版社
奥津希多世ママ
2015/07/24 07:21
[56]
のんた撲斎氏の
返信にエラーが出ましたので、代わりにコピーで返信します。↓
↓
奥津希多世ママ様
肩書きは一応ありますが
史学会に在籍する前も不具合等を発見したら出版社、著者ともやりとりしてました。
自分は出版社へメールの他に必ず電話をします。電話相手の編集担当者が不相応と感じたら、上司に替わって貰い、主任、編集長等とコンコンと話した上で ・・・・ >> 続き
Re: 水戸史学会の肩書きに弱かった出版社
京都歴史研究会代表
2015/07/24 17:49
[55]
そうですね、士分の家老に斬罪は御定法違背ですから、500石以上扱いの切腹でしょう。
ものの本には、安島帯刀は自刃した、ともありますが。
刑罰を決めるのに、御仕置例類集という江戸時代立法史料があり、その中に民法・刑法罰「御定書百箇条」(公事方御定書)をも参考にすべきとの一文が記されています。
その御定書百箇条にある刑罰には、士分閏刑と ・・・・ >> 続き
切腹と斬罪
伊三
2015/07/24 13:18
[57]
のんた撲斎サンの返信にエラーが出ましたので、以下、
代わりに貼り付けます。
↓
↓
幕末政治論集 ・日本思想大系岩波書店(1976年4月30日 第1刷発行)
塩谷世弘意見書(万延元年閏三月)
(中略)
一、権現様は、上杉浪人車丹波上仰を窺坐候ても、露顕の一命御助候巳に無之、迄食頭被仰付格別の大量、凡慮の及処に非ずと候得ば、火付盗 ・・・・ >> 続き
Re: 切腹と斬罪
京都歴史研究会代表
2015/07/25 20:49
[58]
なかなか盛り上がりますね。
そこで、では、と…。
介錯人并出役姓名を記します。
石谷因幡守組同心-介錯人
瀧田五十五郎 未三十一歳
介添錯
松原新吾 未廿四歳
池田播磨守組同心-同
後藤徳次郎 未四十二歳
石谷因幡守組与力-検使出役
> 続き
Re^2: 切腹と斬罪
杉さんぼく
2015/07/25 23:46
[68]
維新と言えば、明治維新を想定してしまいますが、慶応4年(1868)9月7日の夜、いくつかの候補に挙がった元号の中から、天皇が引いたくじから「明治」が選ばれたと伝わります。
まあ、そんな事はないにもせよ、その選ばれた明治。
「聖人南面して、天下を聴き、明に嚮いて治む」(易経)
これは「周雖旧邦其命維新」(詩経・大雅文王)という中国の天 ・・・・ >> 続き
大河ドラマ『花燃ゆ』に維新は語れない
杉さんぼく
2015/07/28 10:16
[13]
国持ちの土佐藩は、明治3年全国に同じて論告を出しました。人間平等論、いわゆる平均四民論です。
各藩独自性もあったようで、土佐藩は
「階級によらず人間人々自由なる貴重の産物を知らしめる、古来からの武士(もののふ)の士は言葉の間違いだった」
と、他藩以上に過度な論告を行いました。
やはり、山内氏、長宗我部氏(チョースガメ)間における反目思想により、土 ・・・・ >> 続き
土佐藩の幕末構造
杉さんぼく
2015/07/15 22:27
[33]
高村退吾事件ってあまり知られてないですよね。
なんか、野山獄由来事件みたい…。
高村退吾事件
奥津希多世ママ
2015/07/19 11:18
[34]
恥ずかしながら、全く知らない人物でした。
紹介有り難う御座います。
Re: 高村退吾事件
京都歴史研究会代表
2015/07/20 10:50
[35]
> 恥ずかしながら、全く知らない人物でした。
>
> 紹介有り難う御座います。
Re^2: 高村退吾事件
京都歴史研究会代表
2015/07/20 10:51
[63]
この事件はあまり知られてないのではないでしょうか。
上士、下士と言うよりやはり、山内氏、長宗我部氏の対峙に郷士エネルギーがくすぶっていたのかも知れません。
幕末維新前夜に起こる井口村永福寺門前事件は、他方に庄屋同盟を孕んだ事件でもありました。
昭和敗戦記念から70年、そうした中での50年と言う月日の流れが、どの程度かは類推出来ると思 ・・・・ >> 続き
高村退吾事件
杉さんぼく
2015/07/26 15:47
[61]
阿保親王廟と長州藩についてですが、近代天皇制陵墓として、毛利家が阿保親王を長州毛利家の祖に作り上げて行くのは、以外と知られていませんので、少し触れます。
長州藩は、大江家、毛利家につながる系図に阿保親王を認識してか、寛政諸家系図伝(1789)には、
「…阿保親王-本主宿禰-音人(大江)-(略)-広元-(毛利)-季光…
と記しました。
・・・・ >> 続き
長州藩始祖譚
杉さんぼく
2015/07/26 15:15
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