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ゆな
品物そのものが目的ではないのか、と思いながらもレオードは無下にせず、冷静に対応する。
「……特徴を言ってもらわないと捜す事は出来ないし、教える事も出来ない。それにポケモンが何か分かるのか?」
「うん、ちゃんと覚えとるよ。一人はだなだな口調のカラカラで、名前はマルク」
「へ? 君、あのガラガラ君の知り合い?」
「ガラガラ? カラカラじゃなくて? ……あの後進化したのか、あいつ。羨ましい」
 知ってる名前を耳にし、マヨが反射的に訪ねる。それを聞いてモウカザルの方も首をかしげたものの、すぐに察したのか悔しいような羨ましいような顔でぼやいた。
 その話ぶりから、レオードとマヨは目の前のモウカザルがあの戦いの途中で離脱した元人間であることを把握する。カタリから聞いた話であるが、あの戦いの途中で死んでいった元人間は人間の世界でも死んだわけではなく、無理矢理帰されるだけだった筈だ。それなら人間世界と繋がった今ならば、再度ここに来ていてもおかしくはない。
 事情を把握するとマヨが面白いもんを見つけたと言わんばかりの態度で、モウカザルに詰め寄っていく。
「どーゆー事情で知り合ったかは知らんけど、場所までは知らんよ? 何々、あの子のガールフレンド〜?」
「ちゃうちゃう。顔見たくなっただけ! うちは途中で死んじゃったからさ、あの後どうなったか聞きたくてね。それから平和になったこの世界も皆と見て回りたいんよ」
「なるほど、そりゃ納得。なら色々見ていかへん? 安いよ安いよ〜!」
「高いよ高いよの間違いだろうが」
 ガールフレンドを否定した後、モウカザルがマルクを訪ねた理由を話す。マヨは軽く頷いてそのまま商売の流れに持ち込もうとしたが、キッパリバッサリ言い切られてしまった。
 その即答っぷりにマヨは目を丸くし、モウカザルを見る。静観していたレオードは、何時もと変わらない冷静な態度で追求する。
「ほぉ、その根拠はどれからだ?」
「まず傷薬や虫除けスプレーの値段。こいつ等はうちの知ってる値段と同じ。だけど地図や普通の食料品、それらは一見同じように合わせてるようで実際はちょっと高い。物の配置と値札の位置もあるね、上手く誤魔化してる」
「……露店だから、って理由じゃ納得しないか?」
「バーカ、露店だからこそだよ。全ての商品の値段を一々覚えてる人はいないし、正しい価値をキッチリ把握できている奴もいない。分かってるのはたこ焼き屋とかのお祭りで定番のぐらいさ。だから違和感があったんだよ、傷薬と虫除けスプレーの値段はピッタリ合っている癖に他の品物が何処かつりあわない値段だって事がね」
 己の憶測でありながらも、広げられた商品を一つ一つ指差していきながらしっかりとした冷静な意見と共に、本来の値段よりも微妙にぼったくっているものだと見破った理由を話すモウカザル。
 見た目に似合わず、知恵の働くその様子にレオードは思わず呆気にとられた。法外の値段をぶん取る時はともかく、こういう無特定の客を狙った時のぼったくりは巧妙に誤魔化してきたはずなのに、一瞬で看破されるとは思わなかったのだ。
 ほぼ全てを言い当てられてしまい、レオードはらしくも無く少し動揺した声で更に訪ねる。
「これが正しい値段である、とは考えなかったのか?」
「アホ。地図なんて本みたいに分厚いもんじゃない限り、安物に過ぎないだろうが。それにこちとらスーパーの安売り常連なんじゃい、大雑把には見破れるわ」
 だからって、一瞬で見破りすぎだろうが。
 安物の部分もしっかりと見抜ききったモウカザルの発言に、レオードは頭を抱える。ちらりとマヨを見ると、同じような表情を浮かべていた。どうやら想定外の客の出現に、二人ともやられてしまっているようだ。
 さて、どこから反撃するか。レオードが腕を組み、言葉を捜そうとする。そんな中、モウカザルは相手の言葉を待たずにレオードをしっかり見据えて、トドメともいえる言葉を突きつけた。
「だからあんたはそ知らぬ顔で、わざと高い値段で商売をしている。そしてそれを悪いとも思っていない、自分の為の事で他人なんて本当にどうでもいいと思っている。だけど何処か人を試してる。合っている?」
 あっさりと、しかし先ほどの値段同様的確な指摘にレオードは勢い良く顔を上げてモウカザルを凝視した。相手は悪戯が成功した子供のように笑っており、レオードの顔を見て益々笑みを深めていた。
 何で、こんなにもあっさり見破った? 何度も会っている奴ならともかく、初対面でここまで一瞬で見破れる奴なんていなかったのに、何でだ? どうして、俺の何もかもを人間の女が分かったんだ。
 内心で深い困惑に陥りそうになりながらも、レオードは表面上冷静さを繕いながら理由を問う。
「……その、根拠は?」
「あんたの顔を見てたら、なんとなくね。落ち着きすぎているその態度とくだらないと言わんばかりの目つき、それが嫌だったから。後はうちを追い返そうとしなかった事とうちをしっかり観察していたから、かな。普通、こんな客は追い返したいと思うじゃん? でもあんたはそれが無かった。こんなところだよ」
「個人の感情論か」
「えぇやん、感情論で言っても! あんたを納得させたかったし、そう感じたから言いたかったわけ。うち、間違った事言ってる?」
 自分の思った事から理由付けて話すモウカザルの態度に、レオードは少し目を丸くする。だが当の彼女はにっこり笑うと迷った素振りも見せず、ハキハキと言い切ってみせた。
 その清々しく、自分に自信を持った態度はレオードからすれば目に見張るものだった。普通はこんな感覚を持てる奴なんて、早々いないのにあっさりと現れてしまったからだ。それもあの戦いの最中ではなく、終わって平和になった後でだ。
 大人というには幼い理論で、子供というにはとても知恵が動くそんな彼女の姿は、レオードにとって青天の霹靂ともいえた。平和になったからこそ訪れた、この出会いはそうとしか言えなかった。
 この瞬間、何かを悟ったようにレオードは笑みをこぼして彼女の言葉の全てを認めた。
「いいや、商売の件も入れてほぼ正解だ。お察しの通り、金にしか興味が無いからこういう商売をしているわけだ。それから、ポケモン観察は商売のついでで得ただけだ。……にしても良く分かったな」
「勘は良い方なんでね。それにしてもあんた等アホやろ」
「は?」
「金ばっか集めてる生き方じゃ、それ以外の事が楽しいと思えんよ。そういう生き方はせこいし、つまんないじゃん。あんた、ニャースなのに雰囲気かっこいいんだからもったいないよ?」
 モウカザルの言う台詞じゃないけどね、と付け足しながら笑い声をこぼしながら言った彼女。その口から出された言葉は、きっと純粋な思いからだったのだろう。腹黒い思いなどは全く感じられなかった。
 あまりにもあっさりと言われて、レオードは言葉すら出てこなかった。散々自分の中身を見破られただけでなく、その生き方をこんな気軽な形で否定されるとまでは予想できなかったのだ。
 さっきのでも十分すぎるほど驚きだったというのに、まさかここまでだったとは、思わなかった。こんなに一瞬で自分の何もかもを見破られた挙句、生き方を否定するだなんて事はマヨでもしなかったというのに。
 レオードが言葉も言えず呆然としてる隣、やばいと判断したのかマヨが前に出てモウカザルに向かって注意を入れる。
「モウカザルちゃん、ちょっと言いすぎやで? レオード、怒らせると怖いんやから程ほどにな」
「向こうから聞いてきたんだし、色々言いたかったんやもん。それに悪かったなら謝るから、許してほしいんだけど」
「アホ。わいやなくてレオードに言え。見てるこっちが冷や冷やするような会話しおってからに……」
「ごめんごめん、でもうちは間違った事を言った気は無いよ?」
「反省してないやんか、全然! モウカザルちゃん、どんな教育受けてきたん!?」
 本気で冷や冷やしているマヨと軽く笑って流すモウカザル。レオードの心境とは裏腹の何処か愉快な会話を目の当たりにし、レオードはぱちぱちと瞬きしてしまい、受け入れるのに時間がかかってしまった。
 そのままゆっくりと頭で受け入れていく中、ショックを受けていた自分が馬鹿馬鹿しく感じてきた。なんてことは無い、あのモウカザルは己の思った事が正しいと判断したから真っ直ぐ言い切っただけにすぎないのだ。自分はその言葉に追いつけず、ただただ振り回されてしまっていただけだった。
 あまりに滑稽で、そんな自分は本来ありえないものだっていうのにありえるものになってしまった。このモウカザルが、あっさりとやってみせた。氷のように冷静だったはずの己の心をあっさりわしづかみにした。
 そこまで受け入れた途端、レオードは滅多に出さない笑い声を上げた。
「ハハ、ハハハハハハハハハ!! そうか、そういうことか!」
「うわっ、びっくりした!?」
「いきなりどうした、レオード!?」
「天変地異はおきそうだぞ、マヨ」
「「へ?」」
 レオードの笑い声とその後の言葉の意味が分からず、マヨとモウカザルは揃って間抜けな声を出す。
 そんな二人の様子を他所に、レオードはモウカザルをしっかりと見据えると先ほどのショックが嘘のように落ち着いていて、けれども普段の彼からは想像できないような告白をしてみせた。
「モウカザル、俺はお前に惚れた。何もかも見破った挙句、俺の生き方をハッキリ否定したその強さと明るさにな」
 あまりにも唐突な恋の告白が、冷血商人から放たれた。
 それが冗談でも何でもないのは、落ち着いていて迷いの無い言葉をモウカザルから目を反らさずに真顔で言い切った事から把握するのは容易だった。
2011/03/09 Wed 23:30 [No.179]