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フィッターR
冷たい風が頬を撫でる。
既に日は西に深く傾き、東の空は赤紫に染まり始めている。
もうすぐ日が暮れるのか。ならば、早く今夜の寝床を探さないと。
話し相手になってくれた彼にお礼の言葉を贈ろうとした、その時。
「……なあ、お嬢さん」
不意に、ストライクが再び私に語りかけた。
「……はい」
今度は何だろう。と思って、当たり障りのない返事をひとまず返す。
「……どうしてお嬢さんは、ヒトの許を離れて、一人で旅してるんだい?」
笑顔の戻った顔で、彼は私にそうたずねた。
見透かされていたのか、と思って、私は苦笑いする。
冷静に考えれば、ベルトに鞄、薬品にスカーフまで身につけ、ニンゲン特有の宗教概念まで口にした私を、ニンゲンと関わった事が無いと思う方が難しいだろう、とは思うのだが、こうも的確に当てられてしまうと、少しばかり悔しい。
「……どうすれば、ヒトとポケモンは本当の意味で共存できるのか……その答えを探してるんです」
「へえ……随分と大層な探し物してるんだねえ」
「自分でもそう思います」
私の口から、再び笑みがこぼれる。
「私、ニンゲンの許で産まれ育ったんです。でも、大きくなるに従って、ヒトとポケモンとの関係に疑問を感じるようになって。自分を育ててくれたヒトと、命懸けで対立した事もありました」
滅多な事では話さない、話そうとも思わない事が、次から次へと口から出てくる。
「今まで、沢山のヒトやポケモンを見ました。
ヒトにもてあそばれるポケモン、ポケモンにもてあそばれるヒト。ポケモンのために命を差し出すことも厭わないヒト、そしてそんなヒトのために力を尽くすポケモン。
美しい関係も醜い関係も、沢山見てきました。
色々な事があって、色々な物を見て。そうしているうちに、見つけたいと思うようになったんです。ヒトとポケモン、双方が最大限の幸せを享受できる世界の形を。
一生かかっても見つからないかも知れないし、そもそもそんな世界なんて存在し得ないのかも知れない。でも探したくて。
だから、もっと色々なヒトやポケモンに出会いたいと、いつも思ってるんです。ここに来た理由も、それと同じです」
いつになく、私は饒舌になっていた。出会ったばかりのポケモンに、私の望みを此処まで高らかに語ったことが、今までにあっただろうか。とふと思う。
そう思ってみて、やっと気づいた。このストライクになら話しても良い。いつの間にか私はそう思っていたのだ。
なぜ私はそう思ったのだろう。これほどまでに自分を理解する事を試みてくれた存在に、久しく出会っていなかったからだろうか。
「……若いねえ」
ストライクが言った。
「え?」
「『楽園効果』に食いついてた時もそう思ったけど、何にでも首突っ込んで考えるって、若い時でないと出来ないんだよ。年取っちまうと、良かれ悪しかれどうでもいいやって、何するにしても思うようになっちまうのさ。
いつもは此処にいるんだけど、俺も旅が大好きでさ、色んな所に行ったもんだし、これからも色んな所に行きたいと思ってる。ま、お嬢さんみたいに立派な目的があるわけじゃ無いんだけどよ。
色んな物見て、すげえな、とか綺麗だな、って思うことは有るけれど、それでおしまいになっちまうんだよな」
『楽園効果』というのは、傷がすぐに治ってしまうあの現象の事だろうか――と考えている間にも、ストライクは語り続ける。
「……まあ何を言いたいかってえと、お嬢さんがそうやって考えながら旅してるの、良い事だな、って言いたいのさ。何てったって、色んな物を見て、色んな事を知るのにゃ、旅は絶好の手段だからな!
難しい事考えるのはもうやめちまったけれど、今でも旅してると、目から鱗な事には沢山出会うし、今の俺がここにいるのは、若い頃お嬢さんみたいに、色々考えながら旅したお陰だと思うしね」
彼の一言一句には、私が今まで生きてきた時間より、ずっと長い間続けていたのであろう、旅への思い入れがふんだんに篭められていた。
彼の過去に思いを馳せてみる。彼は今まで、どんな場所でどんな物を見て、どんな思いを抱いたのだろうか。
「とにかく、お嬢さんはまだ若いんだからよ。その夢、大切にしな!
若者の夢は、でかすぎる位が丁度いいんだ。現実見すぎて若いうちからしおれてたら、人生損するぜ。夢追っかけて、色んな事考えるなんて、若い内にしか出来ないんだからさ」
胸を張って語るストライク。そんな彼を見て、私は一瞬でも彼を不愉快な奴だと思ってしまったことを申し訳なく思った。
沢山のヒトやポケモンを見た、と私は言ったが、その程度の経験など恐らく――否、間違い無く、彼の経験には遠く及ばない。
彼は私より長く生きている分、綺麗な物も醜い物も、沢山の物を見てきたのだろう。
だから、あれほどまでに、旅の素晴らしさ、夢を追うことの尊さを語ることが出来るのだ。
私が旅をしてきた時間も決して短くは無いが、旅する事、夢を追う事の素晴らしさを、彼のように語ることはまだ出来そうにない。
私もいずれ彼のように、肉体の衰える時がやって来る。歳を取った私は、一体どんなポケモンになっているのだろう。彼のように、若者に希望を与え、背中を押してあげられるようなポケモンに、私はなれるだろうか。
「……さて、そろそろ日も暮れちまうな。お嬢さん、此処に来るのは初めてだったよな?」
立ち上がって背伸びをしつつ、再びストライクは私に語りかけてくる。
「はい。そうですけれど……」
「なら、俺が案内してやるよ。雨露凌げる場所、必要だろ?」
「え……良いのですか?」
「ああ。お嬢さんとは良い話が出来たからな。そのお礼だよ。あ、これからも何時だって話しに来てくれて構わないからな。土産話たっぷり聞かせてやるよ」
笑顔を見せるストライク。
「……はい。よろしくお願いします」
目を細めて、私は答えた。
沢山のヒト、沢山のポケモンに出会って、沢山の価値観を知るための私の旅。様々な場所で、様々な物を見てきたという彼の話は、きっと私の世界をさらに広げてくれることだろう。
後で、彼の住んでいる場所を聞いておかないと。
「……あ、そうだ! まだ名前聞いてなかったな!」
振り返って、ストライクが言う。
言われてみて、私もまだ名乗っていない事にようやく気づいた。話を聞いたり話したりするのに、すっかり夢中になっていたらしい。どうやら彼もそうなっていたようだ。
「私は、レナと申します」
「レナ……か。素敵な名前だな」
「ありがとうございます」
自然と顔が緩む。褒められるような事など滅多にないからか、嬉しさを通り越して恥ずかしささえ覚えてしまう。
「レナ、これからよろしく。俺の名前は――」
「やあ、ミスターハバキ!」
ストライクの後ろから声がした。
声がした瞬間、ぎくりとした顔を見せる彼。
ミスター、という呼び掛けに反応した、という事は、彼の名前は。
「……エディィィィィッ!! てめえなんでこんな場所にいやがるッ!?」
振り返るや否や、大声で叫ぶストライク――いや、ハバキ氏、と呼ぶべきだろうか。
彼の視線の先を辿ると、そこには木にもたれかかって立つハッサムが1人。
両腕にはめられている、鎖のちぎれた手錠が目を引いた。エディ、というのは彼の名だろうか。
「なんでって……たまたまここを通ったら誰かと話す君の声が聞こえたからさ」
気障っぽい笑みを浮かべる、エディというらしいハッサム。
「それにしても、悪い人だねー。女の子をたぶらかして寝床に連れ込もうとするなんて。ただでさえ随分歳の差がある娘と付き合ってるっていうのに、そのうえ二股までするつもりなのかい?」
「バカヤロウそんなんじゃねえ! 俺はだなあ! 先輩旅人として、ここで眠れる場所を教えてやろうとしてるだけだ! 変な解釈すんな!」
「へぇー。でも君誘ってたよね? なんなら抱かれてみない? とか言っちゃってさ」
「……ッ、てめえそっから聞いてたのかよ!?」
「うん、聞いてたよー。あーあ、この事をあの娘が聞いたらなんて言うかなー?」
「だから違うっつってんだろうがァ! てかそっから聞いてたならあれが冗談だって事くらい分かるだろ! てめえの耳はフシアナかァ!?」
「え? それから後、君何か言ってたっけ? それともあまりに下品だったから僕の耳が聞きたがらなかったのかなぁー?」
「おいふざけんなァ!」
いつ果てるとも無い口論が続く。
いや、口論というと少し語弊があるか。
お互い罵りあっているように見えて、それでも、どこかでお互いを理解しているような、風変わりな言葉のキャッチボール。
これは所謂腐れ縁という奴だろうか。いや、喧嘩するほど仲が良い、という言葉の方がこの2人には合っているだろう。
ポケモン同士の関係でさえ、こんなにも奥深い。
この土地で知ることが出来ることは多そうだ、と、口喧嘩を延々と続けるハバキ氏とエディを見ながら、私は思ったのだった。
2011/04/17 Sun 00:04 [No.246]
フィッターR
「えっ……?」
鞄の中から取り出した薬が、私の手から落ちる。
私は自分の目を疑った。
眼前の彼は、あっけらかんとした顔でこちらを見ている。きっと、彼の見ている私は目を白黒させているに違いない。
「……どうかしたかい?」
何事も無かったかのように、話し掛けてくる彼。
「どうかしたも何も、その体は……」
「体? ああ、多少歳食っちまってるが、悪くねえだろ? なんなら一遍抱かれて」
「結構です」
ふしだらな笑みを浮かべつつ言う彼に、私は言葉に少しの怒りを添付して返した。
いささか下品な彼の言葉が冗談なのは分かる。ただ、それでも彼の答えを私は不快に感じた。はぐらかされているような気がしてならないのだ。こちらは真剣に尋ねているというのに。
「冗談だよ冗談! 会ったばっかの女の子に手ェ出すほど俺も落ちぶれちゃいないよ!」
「それは解ってます。そんな事はどうだって構いません。私はこれだけ、貴方にお尋ねしたいのです。何故、私が雷パンチを当てて出来た火傷が、跡形も無く消えているのですか?」
ニンゲンがほとんど訪れない『楽園』と呼ばれるポケモンのコロニーがある。
そんな話を耳にして、私は此処を訪れた。
数多の情報をつてにして、つい今しがたたどり着いたばかりのこの場所。ここで初めて出会ったのが、今目の前にいる入れ墨のストライクだ。
出会うや否や『良い目をしている』というたった一つの理由で、手合わせを申し入れてきた彼。
既に肉体が衰え始める年齢に入っているように見える彼だが、経験に裏打ちされているのであろう身のこなしは中々のものだった。
戦術も見事だった。
補助技で攻撃・速度を高め、掠めただけでも大きなダメージを受けかねない攻撃を連続で叩き込む。愚直とも言えるほどに単純な戦法だが、受けていた自分は全く勝てる予感がしなかった。体格の差も大きい上に、相性は圧倒的に不利、それでいてこちらの決定打はリーチの短い雷パンチしかないのだ。
結局、自分は年齢の差を勝つために利用せざるを得なかった。彼の動きが鈍るまで攻撃を受け流し続け、動きが鈍った隙を狙う他に、彼に拳を当てる術は無かった。
もし彼が私と同じくらいの年齢だったら、年齢差というハンデが私に無ければ、おそらく私は彼に勝てなかったろう。
――此処までは良いのだ。この程度の手合わせは、私は今まで何度も経験している。
問題はその後だった。雷パンチの直撃を受け、傷ついて麻痺もしていた彼の手当をしてやろうと、私は薬を用意していた。
治療に必要な薬を一通り揃えた所で振り返ると、そこには、先ほどの戦いで怪我をしたばかりの彼が、何事も無かったかのように立っていたのだ。それも、傷一つ無い姿で。
「……聞かれても、正直なんて答えりゃいいのか困るんだよなぁ」
不意に語り出すストライク。
腹を立てていた心を切り替えて、私は改めて彼に尋ねる。
「……つまり、分からない、という事ですか?」
「ああ、分からん。何てったって殺しても生き返っちまう位だからねえ此処は」
「……それは本当なのですか!?」
「ああ、本当」
殺しても生き返る。常識を覆すなどという問題ではない、恐ろしい事象をさらりと言ってしまうストライク。
私も私だ。普通なら、疑うことすらせずに『そんな事が有るはずが無い』とあっさり否定してしまえる事なのに『それは本当なのか』と疑ってしまっている私がいる。傷が一瞬で治ってしまうという、信じがたい事象が目の前で起きたせいで、自分の感覚が狂ってしまったのだろうか。
「……まあ、色々不思議なんだよここは。そういう事で皆納得してる」
飄々としているストライク。こんな異常な環境の中にいて、なぜそんなに平常心を保っていられるのだろう。
「本当にそうなんですか? 何故こんな事が起きるのかって、不思議に感じたりしたことは無いんですか?」
まくし立てるように私は尋ねる。
珍しく冷静さを失っていた。何かに心を突き動かされていた。そうしたのは未知の物に対する興味か、あるいは恐怖か。
「ここに来たばっかりの頃は、そんな事も考えたっけなあ。だけど、そんな事を考えるのはすぐにやめたね」
道端の岩に腰掛けて、ストライクは言った。
「なぜ?」
「知らなくたって別に困らないからさ」
「でも、何故そうなるかも分からないのに、不気味に思ったりは……」
「お嬢さんは体を動かすとき、骨やら何やらがこれこれこういうふうに動いてるからこう動く……とかいちいち考えてるのかい?」
「あ……」
小さな子供のように質問攻めをしていた私は、その言葉でようやく我に帰った。
「そんな事いちいち気にしなくたって、世界は回るんだ。なるもんはなる。それでいいだろ。別に困ることじゃ無い、むしろあって嬉しい事なんだからよ」
考えてみれば確かにそうだ。
世の理をどこまでも理解しようとする、学者や研究者が存在するニンゲンの文明社会。その中で生まれ育った私も、ニンゲンから与えられた数多の物を、仕組みなど考える事も無しに使って来たではないか。それでいて、今更そんな事を気にし出すのも、ナンセンスな話かもしれない。
でも。
「……最後に一つ、お尋ねしても、よろしいですか」
私は言った。
「ん、なんだい?」
「……もしかして、此処は地獄ですか?」
「……ハッハハハハハハハハハハハ!」
声高らかに笑いはじめるストライク。
笑われるのは覚悟の上だ。自分でさえくだらない質問だと思っているくらいなのだから。
いや、笑われる位ならまだ良い方だろう。相手はポケモンだというのに、私は『地獄』という、ニンゲン特有の宗教的価値観に基づいた言葉を使ってしまっていた。
意味の分からない事を言う変な奴、と思われてもおかしくない事をしてしまったが、幸い彼はその価値観を理解しているらしかった。
「ここに来てそんな事言う奴は初めてだよ! 傷つく心配はない、食い物は美味い、そんな場所が地獄だってなら、天国ってのはどんだけすんばらしい場所なんだろうなあ!」
「……そうですよね」
笑いながら話す彼につられて、私もくすくすと笑ってしまう。
「でも、もう死んでいるのなら、傷付かない、殺されても生き返る、っていう事に納得がいくな、と思って」
「……なるほどな。でも大丈夫だ。何度かこっから出たことあるけど、ストライクのお化けだー! とか言われたことは一度も無かったぜ」
それならば確かに安心だ。その言葉が本当なのかどうかは分からないが、少なくともこの状況でこんな嘘を吐く事で、彼にとって何かメリットがあるとは考えがたい。
私も、ここが地獄であってほしいと思ってそんな事を言った訳ではない。私はまだ死ぬわけにはいかないのだから。
「でもよ」
再び、ストライクが口を開く。
「ここをあの世だって疑ってたのは分かったけど、何故『地獄なのか』なんて聞いたんだ? 天国じゃ駄目だったのか?」
答えるべきか、答えぬべきか。答えに迷った。
さっきまで随分とお気楽な事を言っていたのに、まさかいきなり、こんな真剣な話を切り出してくるなんて。
「……私は、天国に行けるような、綺麗なポケモンじゃないですから」
可能な限り、答えの本質をオブラートに包んで答える。
「どうしてそう思う?」
何を思ったのか、ストライクは怪訝そうな顔で言った。
「君みたいな優しい子が、地獄に堕ちる理由なんて無いと思うんだけどな?」
「私……優しく見えます?」
「勿論さ。勝手に勝負押しかけた名前も知らない奴のために、薬を用意してくれる奴なんてそうはいねえよ」
語りかけるストライクの声は、下品な笑みを浮かべたり、飄々としたそぶりを見せていた時とは、全く違うもののように、私の心に染みわたる。
「お嬢さん、少しへりくだり過ぎだと思うぞ。もっと自分に自信持ちなよ」
そう言って、ストライクは笑顔を見せる。
先程のいやらしい笑みとは全く異なる、屈託の無い笑み。
人の優しさを理解し、受け止める事ができる。この方はとても優しいお方だな、と私は思った。
そう、私なんかよりもずっと。
「ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「優しい私が、私の全部じゃ無いんです。私の中の優しい私は、多分ほんの少ししかいない。きっと私の中には、もっと沢山の醜い私がいる。優しい私を隠れ蓑にして、牙を剥こうとしている残忍な私が」
「……すまん、言いにくい事言わせちまったな」
俯いて、ストライクは言った。
別に言いにくい事では無い。私は自分をありのままに伝えただけであり、それを述べることになんら抵抗は無い。
だが、私は彼の心遣いに甘え、それを口にしなかった。これ以上この話を続ける事は、何より優しい彼に苦痛を与える事になる気がしたから。
「……こちらこそごめんなさい。それから……ありがとうございます」
代わりに口から出てきたのは、無用な心遣いをさせてしまった事への謝罪と、こんな私へ心遣いをしてくれた事への、感謝の言葉だった。
2011/04/17 Sun 00:03 [No.245]
フィッターR
目の前に巨大な影が躍り出る。
いや、巨大な影、ではない。
小さな影が巨大な鉄塊を携え、フリッカーの前に躍り出たのだ。
「これ以上、やらせるかよおッ!!」
小さな影は、パライバ目掛けて鉄塊を振り下ろした。
至近距離。最早パライバに、振り下ろされる巨大な鉄塊を避ける術は無い。
大きな音がした。
鉄塊がパライバに当たった音か。パライバが地に叩きつけられた音か。それはフリッカーには分からなかった。
只、一つ言える事。
それは、目の前でパライバが地に伏しているという状況が、現実の物であるという事だった。
「へへ……上手くいった……ウェポン・アタック!」
フリッカーの右手から、得意げな声がする。
サジタリウスさん?
フリッカーは、声のした方を見る。
そこには、巨大な鉄塊を大顎に携え、微笑むクチートの姿があった。
「き……貴様……!」
いつの間にそんな技を、とふと考えた瞬間、フリッカーは現実に引き戻される。
パライバの声。あいつ、まだ動けるってのか。
「人間ごときが……小賢しい真似を……ッ!」
振り返る。
そこには、大地を踏みしめ、再び立ち上がろうとするパライバの姿。
そうだ。奴は回復技を持っている。
あの鉄塊で奴が受けたダメージは、如何見繕ってもかなりの物だ。
しかし、その『かなりの物』でさえ、奴を沈黙させるには僅かに力が及ばなかった。完全に沈黙させない限り、奴は羽休めを使い、いくらでも傷を癒す事が出来る。
傷を舐めてじわじわと体力を削ぐ事も出来ない。火傷させたり麻痺させたりする絡め手も使えない。
やはり、奴を倒す方法はただ1つしかない。
一撃で行動不能に出来る程のダメージを与え、一撃の下に沈黙させる他には……
フリッカーは振り返る。
「あげはさんッ!!」
そして叫ぶ。
突っ込んでくるパライバに臆してしまったのか、あげはは構えを解いてしまっていた。
「早くッ!!」
今、パライバを一撃で倒せる技を有しているのはあげはのみ。
年齢的には大人の男が、年端もいかない女の子に頼らなければならないと言うのも、情けない話だ。
しかし、今はそんな事を考えている場合では無い。
玉砕しても使命は果たせる。とは言え、やっぱり自分が死ぬのは嫌だ。それに、仲間が死ぬのも。
だから……!
「あげはさんを……やらせるかッ!!」
念の力を、最大限に引き出す。
乾坤一擲のサイコキネシスを、フリッカーはパライバに浴びせた。
「ぐっ……!」
念動力の壁に阻まれ、歩みを止めるパライバ。
パライバの脚に、翼に、身体に、込められる限りの力を込める。
しかし、やはりボーマンダを抑え込むには特攻が足りないのか。精一杯の力を込めても、パライバはじりじりと歩みを進めている。
諦めの悪い奴め。心の中で悪態を吐く。
しかし、それを実際に口にする余裕は無い。力尽くで無理矢理押さえつけても、パライバは抵抗をやめない。それどころか、抑えきれずに振りほどかれてしまいそうだ。
動くな、動くなったら!
みしり。
何かがきしむ音。
それと共に、パライバの力が途端に弱まった。
「あげはさんに気ィ取られてたのか? だからって俺の事忘れんな、兄貴!」
アッシマーの声。
あいつ、何をしたんだ?
もう一度、パライバを見据える。
「貴様……ッ!!」
歯ぎしりをするパライバ。
躍起になって首を振りまわすパライバ。
しかし、彼の体は全く前進しない。
自分のサイコキネシスとは、別の何かに拘束されている……?
フリッカーは、パライバの足下に目をやった。
パライバの脚に、地面から突き出た鋭利な岩がいくつも刺さっている。
岩はパライバの脚をしっかりと咥えこんで離さない。まるで、彼を捕えるために地中から姿を現したかのように。
「岩石封じ……か?」
「ご明答」
フリッカーの呟きに、アッシマーは誇らしげに答えた。
完全に動きを封じられたパライバ。
これで、あげはの射撃を邪魔する者は何人たりと存在しない。
「さあ、あげはさん!」
アッシマーが叫ぶ。
「あげはさん!」
続けて、サジタリウスも。
フリッカーももう一度、振り返った。
「今だ! あげはさん!!」
絞れる力を全て搾り取って、フリッカーは声を張り上げた。
再び、あげはが両腕を突き出す。
帯電した腕の間で、リュガの実が輝きだす。
木の実が宿す力が、エネルギーへと変換されていく。
光り輝き始めるリュガの実。そしてリュガの実は、木の実の形を失い、1発の光弾へと姿を変える。
「いけええええええええええええええええええええええッ!!」
3人の声に答えるかのように、あげはは叫んだ。
撃ち出される自然の力。それに、あげはが作りだした電流の渦がもたらす電磁誘導が生み出した、運動エネルギーが加算される。
木の実が生み出した熱エネルギーと、電磁誘導が生み出した運動エネルギーの集合体。
完全に動きを封じられたパライバに、そのエネルギー集合体を避ける術は既に無かった。
戦場だった道路が、一瞬にして静寂に包まれた。
サジタリウスの一撃で地に落とされ、フリッカーの念動力で歩みを阻まれ、アッシマーの繰り出した岩石によって拘束されたパライバは、完全に無防備な姿を変わらず晒し続けていた。
自然の力が着弾した胸部には、びっしりと霜が張り付いている。
最後まで動かし続けていた首でさえ、すでにだらりと垂れ下がり、ほんの少しも動かない。
青ざめた顔の上では、焦点の定まっていない瞳孔が、明後日の方向を向いていた。
あげはの放った一撃が、遂にパライバを完全に沈黙させたのだ。
「やった……」
喜びは沸いてこなかった。
フリッカーの中にあったのは、これだけの強敵を倒せたという現実を、受け入れる事が出来ない自分。
非力な人間として生きてきた自分が、世界の在り方を描き変えようとしていた存在を、討ち倒せた。
ただ、その事実に対する驚愕と不信が、彼の心の中を支配していた。
「さて……まだぼーっとなんてしてられないよ、皆!」
フリッカーの隣に居た、アッシマーが声を張り上げる。
「パライバを倒して終わりじゃないぞ。逃げて本部に戻ろうとしている連中だってまだいるかもしれない。
僕らの役目は、まだ終わって無いですよ!」
そう言ってアッシマーは、動かないパライバを尻目に駆け出す。
そうだ。
まだ戦いは終わっていない。
マルク達が本部を叩くまでは、この戦いは終わらないのだ。
だから自分達も、今出来る事を続けなければ。
先に進んだアッシマーの後に続いて、フリッカーもまた、力強く駆け出した。
アッシマーに見せ場を作ってあげて、と言われたので、加筆。
僕には自分を過小評価しすぎる悪い癖があるようです;
2011/04/04 Mon 21:50 [No.222]
フィッターR
人間だった頃、フリッカーは『竜の舞』を愛用していた。
素早さと攻撃を上げ、その火力と速度を活かし、相手を畳みかける技。使い手であるが故に、その欠点も彼は熟知していた。
上がった攻撃を無力化してしまえば、竜の舞使いは無駄に素早い低火力ポケモンに変わってしまう。それを一番手っ取り早く、且つ有効に行う事の出来る状態異常、火傷は、まさにこの状況にうってつけの技。
これで、僕達の勝ちだ。彼はそう思っていた。
「甘いな、刃ポケモン!!」
渾身の力を込めた刃がパライバに届く寸前。
今まで彼が受けたどんな衝撃よりも強い衝撃が、フリッカーの体に襲いかかった。
ふわり。
宙を舞う身体。
そして、再び強い衝撃。
背骨がきしむ。
い、今のは一体。
上体を起こして、再びパライバを見つめる。
「火傷を浴びせて攻撃力を下げる。成程、セオリー通りの素晴らしい判断だ。だが……」
嘘だろ。
フリッカーは目を見開く。
「世間には、セオリーの通じないイレギュラーも存在する事を忘れていたようだな」
パライバの体から、火傷は一つ残らず消えていた。
一部の選ばれしボーマンダのみが会得する事の出来る技――あらゆる状態異常を完治させる技『リフレッシュ』。
その存在を、フリッカーは完全に失念していたのだ。
「それを知らずに挑んだ己の愚かさを、あの世で後悔しろ!!」
パライバが舞い上がる。
月を背に浮かび上がる黒い陰は、全てを飲み込む闇のようで。
フリッカーは絶望した。嵌めたつもりが、逆に嵌められていたなんて。
これでもう一度羽休めでも使われようものなら、相手の状態は完全に振り出しに戻される。既に1人を失い、まともに戦えるのは自分と弟、そして―――否、地面に叩き付けられ、この後すぐにパライバの爪の餌食にされるであろう自分を除けば、もはや戦えるのはアッシマーとサジタリウスの2人だけになってしまう。
4人がかりでも倒せなかった相手を、たった2人で倒せるだろうか。否。そんな事が出来るはずがない。
―――だけど。
この戦いは、元々勝つ必要など無い戦いなのだ。囮としての役目は充分に果たせただろう。これでマルク達が本丸を落としてくれれば、作戦は大成功だ。
僕は、人間の世界を救った英雄として死ねるんだ。歴史の教科書に載ったり、後世に名前が語り継がれる事は多分無いだろうけど、世界を救った事実は変わらないんだから、それで充分だよね。
随分とあっさり出来た覚悟を胸に、フリッカーは振り下ろされるパライバの爪を、ただぼんやりと見つめていた。
「でえああああああああああああああああッ!!」
凄まじい声量の怒号が響く。それと共に、フリッカーの眼前に大きな陰が立ち塞がった。
フリッカーに重なるように倒れ込む陰。そして自分の頭のすぐ脇に突き刺さる爪。その爪が引き抜かれたその時、折り重なっていた陰が言った。
「ったく……相変わらず諦めが良すぎるんだよ……最後の足掻きくらいしろってんだよ。あんたの命掛かってんだぞ?」
自分の性格を熟知しているかのような言葉。こんな言葉を言えるヤツは、このチームの中でもただ1人しかいない。
「……アッシマーなのか?」
「他に誰がいるってんだ?」
彼以外に誰もいない訳でも無いくせに、そういう事をさらりと言ってしまうあたり、やっぱりツーカーな仲なんだな、と思って笑ってしまう。
戦いに赴く前は、あんなに険悪な顔を自分に向けていたのに。当たり前か。一番身近な場所にいる、家族なんだから。
「おのれ!!」
再びパライバの声。
上体を起こす。そこには、身構えるパライバに真っ向から向かっていく、弟の姿が。
「やああああああああああああッ!!」
ばちり、と言う音と共に、パライバとアッシマーの姿が、一瞬照らし出された。
パライバ目掛け、がむしゃらに連続でジャブを浴びせるアッシマー。その拳が振るわれる度に、パライバとアッシマーの間に、形容で無く本物の火花が散る。
あれは、雷パンチか。
ドラゴンタイプのせいで効果抜群にこそならないが、確実にダメージは通る。現にアッシマーは、フリッカーからじりじりとパライバを遠ざけている。
「でやあああああああああああッ!!」
パライバが一瞬、隙を見せる。
その隙を見逃さずに、アッシマーはパライバの顔に蹴りを放つ。
技らしい技とは言えない、只の蹴り。だがそれでも、パライバを怯ませるには十分だった。
「ボヤッとしてないで立てよ、また来るぞ!」
振り向き、叫ぶアッシマー。
言われた通りに立ち上がる。右腕に付いている葉に、深い切り傷が出来ているのが見えた。
「……くっ、何度立ち上がろうと同じ事!」
再び舞い上がったパライバが吠える。
そうだ。立ち上がった所までは良い。だが、パライバという障害はまだ消えていない。
状態異常、体力共に回復可能な相手に、一体どう立ち向かえば良いのか。
考えあぐねる。だが猶予は無い。どうすればいい?
その時。
「―――フリッカーさん!」
背後から響く女性の声。
まさか。
振り返る。
そこにいたのは、こちらを見据える、棒っ切れを大顎にくわえたクチート。そして。
彼と同じように、決意に満ちた眼差しをこちらに向ける、パチリスの姿だった。
「あげはさん!?」
フリッカーの心に、驚きと共に希望が沸き上がった。
彼女が戦えるのならば。
勝機は、こちらにある!
「あげはさんッ!!」
声の限りに叫ぶ。
「あれを使うんだ!!」
あげはは頷いた。
大地の力を宿す木の実、リュガの実。
フリッカーが渡したそれを手にして、あげはは両腕を前に突き出す。
突き出した小さな腕が、電気を帯びる。
いいぞ、そのまま。
「やらせん!!」
パライバの声。
振り返るフリッカー。
急降下するパライバが視界に入った。
狙いは自分では無い。
あげはだ。
速い。
あげはが木の実レールガンを撃つ前に、懐に潜り込むつもりか。
あげはさんをやらせる訳にはいかない。牽制の攻撃をパライバに叩きこもうとした、その時。
2011/04/04 Mon 21:49 [No.221]
フィッターR
「き……貴様……!」
いつの間にそんな技を、とふと考えた瞬間、フリッカーは現実に引き戻される。
パライバの声。あいつ、まだ動けるってのか。
「人間ごときが……小賢しい真似を……ッ!」
振り返る。
そこには、大地を踏みしめ、再び立ち上がろうとするパライバの姿。
そうだ。奴は回復技を持っている。
あの鉄塊で奴が受けたダメージは、如何見繕ってもかなりの物だ。
しかし、その『かなりの物』でさえ、奴を沈黙させるには僅かに力が及ばなかった。完全に沈黙させない限り、奴は羽休めを使い、いくらでも傷を癒す事が出来る。
傷を舐めてじわじわと体力を削ぐ事も出来ない。火傷させたり麻痺させたりする絡め手も使えない。
やはり、奴を倒す方法はただ1つしかない。
一撃で行動不能に出来る程のダメージを与え、一撃の下に沈黙させる他には……
フリッカーは振り返る。
「あげはさんッ!!」
そして叫ぶ。
突っ込んでくるパライバに臆してしまったのか、あげはは構えを解いてしまっていた。
「早くッ!!」
今、パライバを一撃で倒せる技を有しているのはあげはのみ。
年齢的には大人の男が、年端もいかない女の子に頼らなければならないと言うのも、情けない話だ。
しかし、今はそんな事を考えている場合では無い。
玉砕しても使命は果たせる。とは言え、やっぱり自分が死ぬのは嫌だ。それに、仲間が死ぬのも。
だから……!
「あげはさんを……やらせるかッ!!」
念の力を、最大限に引き出す。
乾坤一擲のサイコキネシスを、フリッカーはパライバに浴びせた。
「ぐっ……!」
念動力の壁に阻まれ、歩みを止めるパライバ。
パライバの脚に、翼に、身体に、込められる限りの力を込める。
しかし、やはりボーマンダを抑え込むには特攻が足りないのか。精一杯の力を込めても、パライバはじりじりと歩みを進めている。
諦めの悪い奴め。心の中で悪態を吐く。
しかし、それを実際に口にする余裕は無い。力尽くで無理矢理押さえつけても、パライバは抵抗をやめない。それどころか、抑えきれずに振りほどかれてしまいそうだ。
動くな、動くなったら!
みしり。
何かがきしむ音。
それと共に、パライバの力が途端に弱まった。
「あげはさんに気ィ取られてたのか? だからって俺の事忘れんな、兄貴!」
アッシマーの声。
あいつ、何をしたんだ?
もう一度、パライバを見据える。
「貴様……ッ!!」
歯ぎしりをするパライバ。
躍起になって首を振りまわすパライバ。
しかし、彼の体は全く前進しない。
自分のサイコキネシスとは、別の何かに拘束されている……?
フリッカーは、パライバの足下に目をやった。
パライバの脚に、地面から突き出た鋭利な岩がいくつも刺さっている。
岩はパライバの脚をしっかりと咥えこんで離さない。まるで、彼を捕えるために地中から姿を現したかのように。
「岩石封じ……か?」
「ご明答」
フリッカーの呟きに、アッシマーは誇らしげに答えた。
完全に動きを封じられたパライバ。
これで、あげはの射撃を邪魔する者は何人たりと存在しない。
「さあ、あげはさん!」
アッシマーが叫ぶ。
「あげはさん!」
続けて、サジタリウスも。
フリッカーももう一度、振り返った。
「今だ! あげはさん!!」
絞れる力を全て搾り取って、フリッカーは声を張り上げた。
再び、あげはが両腕を突き出す。
帯電した腕の間で、リュガの実が輝きだす。
木の実が宿す力が、エネルギーへと変換されていく。
光り輝き始めるリュガの実。そしてリュガの実は、木の実の形を失い、1発の光弾へと姿を変える。
「いけええええええええええええええええええええええッ!!」
3人の声に答えるかのように、あげはは叫んだ。
撃ち出される自然の力。それに、あげはが作りだした電流の渦がもたらす電磁誘導が生み出した、運動エネルギーが加算される。
木の実が生み出した熱エネルギーと、電磁誘導が生み出した運動エネルギーの集合体。
完全に動きを封じられたパライバに、そのエネルギー集合体を避ける術は既に無かった。
戦場だった道路が、一瞬にして静寂に包まれた。
サジタリウスの一撃で地に落とされ、フリッカーの念動力で歩みを阻まれ、アッシマーの繰り出した岩石によって拘束されたパライバは、完全に無防備な姿を変わらず晒し続けていた。
自然の力着弾した胸部には、びっしりと霜が張り付いている。
最後まで動かし続けていた首でさえ、すでにだらりと垂れ下がり、ほんの少しも動かない。
青ざめた顔の上では、焦点の定まっていない瞳孔が、明後日の方向を向いていた。
あげはの放った一撃が、遂にパライバを完全に沈黙させたのだ。
「やった……」
喜びは沸いてこなかった。
フリッカーの中にあったのは、これだけの強敵を倒せたという現実を、受け入れる事が出来ない自分。
非力な人間として生きてきた自分が、世界の在り方を描き変えようとしていた存在を、討ち倒せた。
ただ、その事実に対する驚愕と不信が、彼の心の中を支配していた。
「さて……まだぼーっとなんてしてられないよ、皆!」
フリッカーの隣に居た、アッシマーが声を張り上げる。
「パライバを倒して終わりじゃないぞ。逃げて本部に戻ろうとしている連中だってまだいるかもしれない。
僕らの役目は、まだ終わって無いですよ!」
そう言ってアッシマーは、動かないパライバを尻目に駆け出す。
そうだ。
まだ戦いは終わっていない。
マルク達が本部を叩くまでは、この戦いは終わらないのだ。
だから自分達も、今出来る事を続けなければ。
先に進んだアッシマーの後に続いて、フリッカーもまた、力強く駆け出した。
キェェェェェェアァァァァァァカケタァァァァァァァ!!!
最近絵ばっかり描いてたせいで文章が全然書けなくなったり、大震災で被害も無かったくせに精神やられたりで遅れに遅れましたが、遂に完成です!
まだ暫定なので、突っ込みどころ等ありましたらなんなりと。
2011/03/27 Sun 23:17 [No.210]
フィッターR
人間だった頃、フリッカーは『竜の舞』を愛用していた。
素早さと攻撃を上げ、その火力と速度を活かし、相手を畳みかける技。使い手であるが故に、その欠点も彼は熟知していた。
上がった攻撃を無力化してしまえば、竜の舞使いは無駄に素早い低火力ポケモンに変わってしまう。それを一番手っ取り早く、且つ有効に行う事の出来る状態異常、火傷は、まさにこの状況にうってつけの技。
これで、僕達の勝ちだ。彼はそう思っていた。
「甘いな、刃ポケモン!!」
渾身の力を込めた刃がパライバに届く寸前。
今まで彼が受けたどんな衝撃よりも強い衝撃が、フリッカーの体に襲いかかった。
ふわり。
宙を舞う身体。
そして、再び強い衝撃。
背骨がきしむ。
い、今のは一体。
上体を起こして、再びパライバを見つめる。
「火傷を浴びせて攻撃力を下げる。成程、セオリー通りの素晴らしい判断だ。だが……」
嘘だろ。
フリッカーは目を見開く。
「世間には、セオリーの通じないイレギュラーも存在する事を忘れていたようだな」
パライバの体から、火傷は一つ残らず消えていた。
一部の選ばれしボーマンダのみが会得する事の出来る技――あらゆる状態異常を完治させる技『リフレッシュ』。
その存在を、フリッカーは完全に失念していたのだ。
「それを知らずに挑んだ己の愚かさを、あの世で後悔しろ!!」
パライバが舞い上がる。
月を背に浮かび上がる黒い陰は、全てを飲み込む闇のようで。
フリッカーは絶望した。嵌めたつもりが、逆に嵌められていたなんて。
これでもう一度羽休めでも使われようものなら、相手の状態は完全に振り出しに戻される。既に1人を失い、まともに戦えるのは自分と弟、そして―――否、地面に叩き付けられ、この後すぐにパライバの爪の餌食にされるであろう自分を除けば、もはや戦えるのはアッシマーとサジタリウスの2人だけになってしまう。
4人がかりでも倒せなかった相手を、たった2人で倒せるだろうか。否。そんな事が出来るはずがない。
―――だけど。
この戦いは、元々勝つ必要など無い戦いなのだ。囮としての役目は充分に果たせただろう。これでマルク達が本丸を落としてくれれば、作戦は大成功だ。
僕は、人間の世界を救った英雄として死ねるんだ。歴史の教科書に載ったり、後世に名前が語り継がれる事は多分無いだろうけど、世界を救った事実は変わらないんだから、それで充分だよね。
随分とあっさり出来た覚悟を胸に、フリッカーは振り下ろされるパライバの爪を、ただぼんやりと見つめていた。
「でえああああああああああああああああッ!!」
凄まじい声量の怒号が響く。それと共に、フリッカーの眼前に大きな陰が立ち塞がった。
フリッカーに重なるように倒れ込む陰。そして自分の頭のすぐ脇に突き刺さる爪。その爪が引き抜かれたその時、折り重なっていた陰が言った。
「ったく……相変わらず諦めが良すぎるんだよ……最後の足掻きくらいしろってんだよ。あんたの命掛かってんだぞ?」
自分の性格を熟知しているかのような言葉。こんな言葉を言えるヤツは、このチームの中でもただ1人しかいない。
「……アッシマーなのか?」
「他に誰がいるってんだ?」
彼以外に誰もいない訳でも無いくせに、そういう事をさらりと言ってしまうあたり、やっぱりツーカーな仲なんだな、と思って笑ってしまう。
戦いに赴く前は、あんなに険悪な顔を自分に向けていたのに。当たり前か。一番身近な場所にいる、家族なんだから。
「ボヤッとしてないで立てよ、また来るぞ!」
先に立ち上がったアッシマーが差し出した右手を握って、フリッカーも立ち上がる。右腕に付いている葉に、深い切り傷が出来ているのが見えた。
「……ふん、何度立ち上がろうと同じ事!」
再び舞い上がったパライバが吠える。
そうだ。立ち上がった所までは良い。だが、パライバという障害はまだ消えていない。
状態異常、体力共に回復可能な相手に、一体どう立ち向かえば良いのか。
考えあぐねる。だが猶予は無い。どうすればいい?
その時。
「―――フリッカーさん!」
背後から響く女性の声。
まさか。
振り返る。
そこにいたのは、こちらを見据える、棒っ切れを大顎にくわえたクチート。そして。
彼と同じように、決意に満ちた眼差しをこちらに向ける、パチリスの姿だった。
「あげはさん!?」
フリッカーの心に、驚きと共に希望が沸き上がった。
彼女が戦えるのならば。
勝機は、こちらにある!
「あげはさんッ!!」
声の限りに叫ぶ。
「あれを使うんだ!!」
あげはは頷いた。
大地の力を宿す木の実、リュガの実。
フリッカーが渡したそれを手にして、あげはは両腕を前に突き出す。
突き出した小さな腕が、電気を帯びる。
いいぞ、そのまま。
「やらせん!!」
パライバの声。
振り返るフリッカー。
急降下するパライバが視界に入った。
狙いは自分では無い。
あげはだ。
速い。
あげはが木の実レールガンを撃つ前に、懐に潜り込むつもりか。
あげはさんをやらせる訳にはいかない。牽制の攻撃をパライバに叩きこもうとした、その時。
目の前に巨大な影が躍り出る。
いや、巨大な影、ではない。
小さな影が巨大な鉄塊を携え、フリッカーの前に躍り出たのだ。
「これ以上、やらせるかよおッ!!」
小さな影は、パライバ目掛けて鉄塊を振り下ろした。
至近距離。最早パライバに、振り下ろされる巨大な鉄塊を避ける術は無い。
大きな音がした。
鉄塊がパライバに当たった音か。パライバが地に叩きつけられた音か。それはフリッカーには分からなかった。
只、一つ言える事。
それは、目の前でパライバが地に伏しているという状況が、現実の物であるという事だった。
「へへ……上手くいった……ウェポン・アタック!」
フリッカーの右手から、得意げな声がする。
サジタリウスさん?
フリッカーは、声のした方を見る。
そこには、巨大な鉄塊を大顎に携え、微笑むクチートの姿があった。
2011/03/27 Sun 23:15 [No.209]