ゆな
だが元人間以外では数少ないこちらの世界で仲良く出来そうなポケモンに出会えたのだ。これで会話を終わらせたくないと思い、スイレンはミュージカルに顔を向けたシャンデラに別の話題を吹っかける。
「ねぇねぇ、そんなシャンデラのお勧めはある?」
「お勧め? 強いて言えば、このミュージカルそのものかな」
「ミュージカルそのもの?」
目だけ己に向けて答えてくれたシャンデラの思わぬ返答に、スイレンは首をかしげながらシャンデラの見ている舞台上へと顔を向けた。丁度物語が佳境に入ったのか、登場人物達による心境を役者達が叫んでいる。
一人一人ずつスポットライトが当たる。それに合わせて彼等は動き、舞台の上の人物になりきって思いを叫ぶ。
「あぁ、まるで夢のようだ! こんな理想郷のような世界を自由に歩けるだなんて……あぁ、なんて心躍るのだろうか!」
己の故郷よりもずっと自由で生き甲斐の街に訪れた旅人は、無邪気な子供のように希望を高鳴らせる。
「正義の逆さまはまた別の正義。さて、問いましょう。あなたの持つ正義と夢は……どれほど美しいものでございましょうか?」
ほぼ全てを知りえながらも唯一人の男を思う教会のシスターは、これから起こる戦いへと返事の無い問いかけを静かに落とす。
「例えどれだけ罵られようとも構わない! 僕は僕の正義を貫こう! それで誰かが傷つく事になっても……背負っていこう!」
街の中、多くの事実を知った若き戦士は屈服しそうになりながらも、己の武器を握り締めて決意を新たにする。
「私は私にとって最良の結果になれば、どこがどうなろうとも構いません。ただ課程の途中で投げ出されたら嫌ですけどね?」
街の裏側。一人の学者は本を読みながら、世間話をするように己の中の答えを口にしていく。最後にこちら、観客席へと投げかけるような言葉を出しながら。
ポケモンミュージカルの舞台に立った者達が口にする耳の良い言葉を聞きながら、シャンデラはスイレンに向かって語る。
「舞台の上っていうのは一つの理想だ」
「理想?」
「そっ。脚本家にとって好きに作れる理想の世界だよ。そしてうち等はその理想を見て、夢を描く事が出来る。眠った時の夢でもいいし、将来につなげる夢でもいい、野望という夢でもいい。そういった様々な夢を見せてくれる。それが明日の活力になる、だから気分転換についつい見ちゃうってわけ」
「??? ……よくわかんないの」
「なーに、簡単なことだよ。うちにとってそういう考えなだけ。うちはね」
曖昧なシャンデラの説明にクエスチョンマークを飛ばすスイレン。そんな彼女に軽く笑みをこぼすと、シャンデラはミュージカルからスイレンに少しだけ顔を向けて言った。
「あの舞台の上みたいな理想を、現実にするのが夢なんだ。だから仮初とはいえど、理想が叶っている舞台が好きなんだ」
そう言って笑うシャンデラの顔には、無邪気な子供が口にするような幼いものを思わせた。それこそ御伽噺の中の世界を心から愛するような無垢な子供のように。
2011/09/11 Sun 23:15 [No.665]