あきはばら博士
「ほら、着いたよっ! ここが私の家!」
エルジアのその声に若菜が見ると、目の前に小さな店があった。
ゲームでの描写通り、ここソノオタウンは花で埋め尽くされていた。その花畑の中に佇む、可愛らしい感じの店。入り口の上部にかけられた薄桃色の看板に躍る緑色の文字を、若菜は声に出して読んでいた。
「『ポロック・ポフィン・ポケまんまの店 サイサリス』……?」
「そう! お父さん、お母さん、ただいまー!!」
エルジアは元気良く自分の帰宅を知らせ、店の中に入った。若菜も続いて、「お邪魔します」と言いながら店内へ。
四方の壁に並んだ棚には、所狭しとポロックやポフィンが陳列されている。中には木の実そのものや、若菜がゲームの中では見たこともない食べ物もあった。恐らくこれが『ポケまんま』だろうか。
店の突き当りにはカウンターがあり、その更に向こうはのれんで仕切られていた。外観は2階建てだったので、のれんの奥と2階が住居だと思われる。
若菜がそんなことを考えていると、エルジアの声を聞きつけて、カウンターでしゃがみこんでなにやら作業をしていたポケモンが顔を上げた。
「お帰りなさい、エルジア。あら、お友達も一緒?」
そのポケモンが伝説のポケモン――ラティアスであるのを見て、若菜の思考は停止した。
更に、そのラティアスが、どこかで見たようなゴスロリの衣装を着ていることに2度驚いてしまう。
「え……えぇぇぇぇ!!?」
二重の驚きが、素直に声に出た。
エルジアは、不思議そうに首を傾げる。だが、ラティアスの方は若菜が驚く理由に見当がついたのだろう。苦笑いをして、カウンターから出てきた。
「若菜? どしたの?」
「え、いや……確かにここはポケモンの世界だし、パソコンの中にあるし、ここにいたっておかしくないけど……。もしかして……サナスペの、ラティアス?」
そう言う若菜にラティアスは笑ってみせ、質問には答えず逆に訊き返してくる。
「ところで……そういうふうに驚くってことは、やっぱりチコリータさんも人間なの?」
「あ、はい、私は若菜といいます」
「メスフィから預かってきて、私も詳しいことは聞いてないんだけど……なんだか若菜さん、元の世界に帰れなくなってしまって、迷っちゃってるみたいなの。だから、お父さんに相談して力を借りようと思うんだけど……」
エルジアはそう言って、店の奥を覗こうとした。
「木の実を採りに行ってるから、もうすぐ帰ると思うわ……ほら!」
ラティアスが言い終わるか終わらないかといううちに、店の扉が再び開き、1体のポケモン――ジュカインが入ってきた。
「なんだ、帰ってたのかいエルジア」
「あ、お父さん!」
温厚そうに細められているが、その奥にどことなく鋭さを感じさせる瞳は、片方を眼帯で覆われている。見慣れないジュカインの容姿に若菜は一瞬尻込みするが、エルジアやラティアスの嬉しそうな様子を見て、そしてジュカインの人の良さそうな笑みを見て、首を横に振った。
どうやら、エルジア達に絶大の信頼を寄せられているようである。悪い人なはずがない。
このジュカインがエルジアのお父さん、ラティアスがお母さんであるらしかった。両親どちらもと娘の種族が違うのが少し気になったが、家庭事情のタブーに触るかもしれないと、若菜は敢えてそこに言及しなかった。
2011/09/06 Tue 00:16 [No.647]