池田
「何か……遺言とか、あるか?」
老人の額に拳銃を突きつけつつ、少女は言った。
「そうだな……じゃあ、最期にお前の名前を聞かせてくれ」
少し間を開けて、少女はこたえる。
「地獄の門番に……アンタを送った者の名を聞かれたらこう言いな。“Water Lilyが咲いた”……ってね」
「分かったぜ、お嬢ちゃん。じゃ、ごきげんよう。俺を殺す以上、No1の殺し屋になれよ」
老人はまぶたを閉じ、とても満足気に笑った。
「誓うぜ。アンタの命と、アタシの魂に。じゃあ……よい旅を」
そして、少女は引き金を引いた。
殺し屋”Water Lily”は退屈していた。
殺人鬼ホワイト・ムーンを殺す依頼に失敗して以来、すっかり格を落としてしまい、新しい仕事が来なくなってしまったのだ。
たまに仕事が来たと思えば、イベントの警備だったり、SPだったり。それは、殺し屋の仕事ではなく、用心棒の仕事であったし、しかも大勢いる中の一人、映画で言えばエキストラのような仕事だった。
「Ah!やってらんねえ!!アタシはこんなことするために殺し屋やってんじゃねえんだ!!」
Lilyは、机を蹴った。衝撃で、モーテル全体が揺れる。それがまた、我慢ならない。金を貯めて高級マンションに事務所を構えるはずが、未だにこのモーテルで燻っていることが、我慢ならなかった。
「Fuck……」
怒りをぶちまけて、虚しくなったLilyは、壁に懸けた、錆びついたデリンジャーを見た。リンカーンの頭をぶち抜いたその銃は、Lilyにとって、リンカーンよりももっと偉大な男の頭に風穴を開けた銃であり、特別な意味を持っていた。
「……」
あの日のことが、思い出された。降りしきる雨の中、そのデリンジャーの持ち主を殺した日のことを。その男に立てた誓いを。
その時、電話が鳴った。Lilyに電話をかける者など、一人しか居ない。そして、その用途は、依頼を伝えることに限られた。
「やっと来たか……仕事だ!!」
Lilyはソファから立ち上がり、受話器を取った。こちらからなにか言う前に、受話器の向こうの相手が話し始める。
『Hi, Bad girl.調子はいかがかしら?』
「分かってて言ってんだろ……ゴキゲンにしてくれよ、頼むから」
それは、エージェントのお決まりの挨拶だった。景気が良い時でも悪い時でも、彼女は絶対にこう言う。
『フフ……そうね。今日は、最高にゴキゲンな仕事を持ってきたわよ』
「はいはい。なんだ、またまたガードマンか?猫探し、なんてのはカンベンだぜ……」
『報酬は1千万』
「……!?」
突然出てきた言葉は、にわかには信じられなかった。そんな額の仕事は、Lilyの全盛期であっても、来たことは無かった。
「……ハハ、何だよそれ。面白くねえ冗談だ」
『冗談にするのも、現実にするのも、あなたが決めることよ』
そういうエージェントの声からは、常の飄々とした感じが消えていた。つまり、彼女は真剣であるということだった。同時に、この仕事は、とても困難なものだということを示していた。
黙りこんだLilyを無視して、エージェントは仕事の内容を説明する。
『仕事の内容は簡単。今から言うアドレスにアクセスするだけ』
「は!?」
これまた、信じられないような話だった。
「おいおい、サイトにアクセスするだけか?それだけで1千万?」
『ええ、そう。ボロい話でしょ?』
全くその通り。ボロすぎて、怪しすぎる。何かの罠である可能性が高いのは言うまでもないが、果たして、ここまであからさまに怪しい罠を仕掛けるだろうか?
「サイトの内容は?」
『さあ……依頼を受けた人間だけがアクセスをするように、という取決めだから』
そんな訳がないだろう、と思いつつ、しかし詮索をするのは無駄だとわかっていた。何を言ったところで、うまくかわされるだけだ。
Lilyは考える。エージェント達は、きっとこのサイトの内容を把握している。つまり、サイトにアクセスすることで、彼らが不利益を被ることは無いということだ。それは同時に、彼らの下で働く自分にも危害がないことを示している。
「……わかった、やるよ」
Lilyは、承諾した。半信半疑ではあったが、たとえ何か起こっても、自分の腕で切り抜けるだけの自信があったから、というのもある。
『OK. じゃあ、アドレスを一回だけ言うから、メモしてね』
エージェントは英数字の羅列を読み上げた。
Lilyは知らなかった。その時点で、数奇な運命の中に放り込まれたことに。
その仕事の依頼主は、他ならぬ、エージェントだったのだ。
2011/08/20 Sat 01:35 [No.570]