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短編 白旗の少女

あんびしゃん(氷河期の賢者

※台本にするので文章としてはガタガタです。

 少女は、笑っていた。
 アメリカ兵は、白旗を掲げた少女――白旗の少女にシャッターを向けた。少女は少し目を瞑って間を置き、笑いながら手を振った。
アメリカ兵は何故少女が笑うのかわからない。投降する直前、どうして笑っているのだろうか。アメリカ兵は不思議に思い、この写真を後世に残した。
 白旗を掲げた少女が、手を振っている写真を――

「でも、ニイニイ、兵隊さんになったら、死んじゃうかもしれないよ? 富子、知ってるよ」
「いいさ。お国のために死ねるなら嬉しい!」
「うそだあ」
 富子は驚いた。兄の言葉に。
 松川富子。後の比嘉富子。白旗の少女その人である。十歳の兄と、年長の姉二人、母親を病で亡くしたため父の五人家族。あの写真の日から二カ月ほど前までは、首里で平和な暮らしをしていた。
「富子は小さいから分からないだけさ、ヨシ子ネエネエおかわり!」
「直裕も食べざかりだねえ」
 兄は直裕といい、姉二人は上からヨシ子、初子。父親は直影という。
 直裕は早く兵士になりたいらしく、中国へと出兵している上の兄を尊敬している。
 一方富子は、戦争を恐れていた。まして、幼いながら戦争に行くと死ぬかもしれないという事実を知っていただけに余計恐怖だった。
 直影はいつも口癖のように言う言葉を、ここでも言った。
「平和な時に笑って死ねるのが一番じゃ……わしもアメリカに殺される時は笑って死にたい……」
 父親は、母の写真が飾ってあるところを見て言う。この台詞を言う時は決まって視点がそこである。
「お父さんまたそれ? もう」
 初子が飽きたと言わんばかりの表情で父の目を見るが、父の目は純粋無垢。
「またとはなんじゃ。いいことじゃ。笑うことはいいことじゃ。お前たちの母さんも、最期は笑っていた……」
 直影がこの話をし始めたのは、母親が亡くなってからずっと。直裕は頷いていたが、幼い富子に理解するには少し意味が深すぎたのかもしれない。富子ははてなと首をかしげていた。
「あ……」
 富子がお茶をこぼした。富子は罪悪感で泣きだしたが、ヨシ子がすぐに慰めた。
「大丈夫大丈夫。ほら、新しいのあげるから」
「ありがとうヨシ子ネエネエ……」
 富子が湯呑を受け取った刹那、爆音が轟いた。壁にかけていた時計は床に落ち、富子だけではなく、全員の湯呑からお茶がこぼれていく。直影はすぐに立ち上がり、ヨシ子に告げた。
「すぐに荷物をまとめなさい。父さんは少し外を見てくる」
「……は、はい!」
 直影は裸足で駈け出した。足元の石で足をとられても、転ぶわけにはいかない。一刻を争う。
 沖縄の住居は石垣で囲われており、守り神のシーサーがおかれていることが多い。石垣の門を出ると、目の前に炎が上がっている状態だった。もう正門からは逃げられない、そんな状態まですでに追い込まれていた。炎の先に、飛んでいく飛行機が見えた。機体には星条旗が――直影はつい呆然としてしまったが、子供たちのことを思い出し、家に戻った。
 直影が駆け出して十分もたっておらず、荷造りはまだ終わっていなかったが、直影は先に富子と直裕を逃がす。体が軽い子ども二人から逃がし、後で落ちあうことにする。
「富子、ネエネエと父ちゃんと一緒にいる!」
 すがる富子だが、直影は首を横に振った。
「大丈夫。すぐに会える。また会えるから。直裕、富子を頼むぞ」
「――はい」
 いつになく神妙な直裕を見て、富子はことの重大さをようやく感じ始めた。
「ほれ、こっちじゃ。裏口から逃げるぞ!」
 直影は二人に裏の塀を乗り越えさせ、すぐに姉妹のところへ向かった。
 二人は防災頭巾をかぶり、駆け出した。少しの食料。隣では戦火。いつ命を落とすかわからない。走って、走って、走って。
 富子は耳をふさいだ。近くでまた爆音が鳴り響いたからだ。ふいに振り返る。
「家が……家が……」
 直裕の悲痛な嘆きで富子はようやく理解した。あそこで燃えているのは、我が家だということを。あれは紛れもなく、富子が四年間育ってきた我が家だということを。そしてあの場所が燃えているということは、すなわち父と姉の命はもう――

2011/08/16 Tue 19:04 [No.564]