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Re: 【ピクシブ企画】若森蜥蜴と中年蟷螂【ぽけスト】

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冷たい風が頬を撫でる。
 既に日は西に深く傾き、東の空は赤紫に染まり始めている。
 もうすぐ日が暮れるのか。ならば、早く今夜の寝床を探さないと。
 話し相手になってくれた彼にお礼の言葉を贈ろうとした、その時。
「……なあ、お嬢さん」
 不意に、ストライクが再び私に語りかけた。
「……はい」
 今度は何だろう。と思って、当たり障りのない返事をひとまず返す。
「……どうしてお嬢さんは、ヒトの許を離れて、一人で旅してるんだい?」
 笑顔の戻った顔で、彼は私にそうたずねた。
 見透かされていたのか、と思って、私は苦笑いする。
 冷静に考えれば、ベルトに鞄、薬品にスカーフまで身につけ、ニンゲン特有の宗教概念まで口にした私を、ニンゲンと関わった事が無いと思う方が難しいだろう、とは思うのだが、こうも的確に当てられてしまうと、少しばかり悔しい。
「……どうすれば、ヒトとポケモンは本当の意味で共存できるのか……その答えを探してるんです」
「へえ……随分と大層な探し物してるんだねえ」
「自分でもそう思います」
 私の口から、再び笑みがこぼれる。
「私、ニンゲンの許で産まれ育ったんです。でも、大きくなるに従って、ヒトとポケモンとの関係に疑問を感じるようになって。自分を育ててくれたヒトと、命懸けで対立した事もありました」
 滅多な事では話さない、話そうとも思わない事が、次から次へと口から出てくる。
「今まで、沢山のヒトやポケモンを見ました。
 ヒトにもてあそばれるポケモン、ポケモンにもてあそばれるヒト。ポケモンのために命を差し出すことも厭わないヒト、そしてそんなヒトのために力を尽くすポケモン。
 美しい関係も醜い関係も、沢山見てきました。
 色々な事があって、色々な物を見て。そうしているうちに、見つけたいと思うようになったんです。ヒトとポケモン、双方が最大限の幸せを享受できる世界の形を。
 一生かかっても見つからないかも知れないし、そもそもそんな世界なんて存在し得ないのかも知れない。でも探したくて。
 だから、もっと色々なヒトやポケモンに出会いたいと、いつも思ってるんです。ここに来た理由も、それと同じです」
 いつになく、私は饒舌になっていた。出会ったばかりのポケモンに、私の望みを此処まで高らかに語ったことが、今までにあっただろうか。とふと思う。
 そう思ってみて、やっと気づいた。このストライクになら話しても良い。いつの間にか私はそう思っていたのだ。
 なぜ私はそう思ったのだろう。これほどまでに自分を理解する事を試みてくれた存在に、久しく出会っていなかったからだろうか。

「……若いねえ」
 ストライクが言った。
「え?」
「『楽園効果』に食いついてた時もそう思ったけど、何にでも首突っ込んで考えるって、若い時でないと出来ないんだよ。年取っちまうと、良かれ悪しかれどうでもいいやって、何するにしても思うようになっちまうのさ。
 いつもは此処にいるんだけど、俺も旅が大好きでさ、色んな所に行ったもんだし、これからも色んな所に行きたいと思ってる。ま、お嬢さんみたいに立派な目的があるわけじゃ無いんだけどよ。
 色んな物見て、すげえな、とか綺麗だな、って思うことは有るけれど、それでおしまいになっちまうんだよな」
『楽園効果』というのは、傷がすぐに治ってしまうあの現象の事だろうか――と考えている間にも、ストライクは語り続ける。
「……まあ何を言いたいかってえと、お嬢さんがそうやって考えながら旅してるの、良い事だな、って言いたいのさ。何てったって、色んな物を見て、色んな事を知るのにゃ、旅は絶好の手段だからな!
 難しい事考えるのはもうやめちまったけれど、今でも旅してると、目から鱗な事には沢山出会うし、今の俺がここにいるのは、若い頃お嬢さんみたいに、色々考えながら旅したお陰だと思うしね」
 彼の一言一句には、私が今まで生きてきた時間より、ずっと長い間続けていたのであろう、旅への思い入れがふんだんに篭められていた。
 彼の過去に思いを馳せてみる。彼は今まで、どんな場所でどんな物を見て、どんな思いを抱いたのだろうか。
「とにかく、お嬢さんはまだ若いんだからよ。その夢、大切にしな!
 若者の夢は、でかすぎる位が丁度いいんだ。現実見すぎて若いうちからしおれてたら、人生損するぜ。夢追っかけて、色んな事考えるなんて、若い内にしか出来ないんだからさ」
 胸を張って語るストライク。そんな彼を見て、私は一瞬でも彼を不愉快な奴だと思ってしまったことを申し訳なく思った。
 沢山のヒトやポケモンを見た、と私は言ったが、その程度の経験など恐らく――否、間違い無く、彼の経験には遠く及ばない。
 彼は私より長く生きている分、綺麗な物も醜い物も、沢山の物を見てきたのだろう。
 だから、あれほどまでに、旅の素晴らしさ、夢を追うことの尊さを語ることが出来るのだ。
 私が旅をしてきた時間も決して短くは無いが、旅する事、夢を追う事の素晴らしさを、彼のように語ることはまだ出来そうにない。
 私もいずれ彼のように、肉体の衰える時がやって来る。歳を取った私は、一体どんなポケモンになっているのだろう。彼のように、若者に希望を与え、背中を押してあげられるようなポケモンに、私はなれるだろうか。

「……さて、そろそろ日も暮れちまうな。お嬢さん、此処に来るのは初めてだったよな?」
 立ち上がって背伸びをしつつ、再びストライクは私に語りかけてくる。
「はい。そうですけれど……」
「なら、俺が案内してやるよ。雨露凌げる場所、必要だろ?」
「え……良いのですか?」
「ああ。お嬢さんとは良い話が出来たからな。そのお礼だよ。あ、これからも何時だって話しに来てくれて構わないからな。土産話たっぷり聞かせてやるよ」
 笑顔を見せるストライク。
「……はい。よろしくお願いします」
 目を細めて、私は答えた。
 沢山のヒト、沢山のポケモンに出会って、沢山の価値観を知るための私の旅。様々な場所で、様々な物を見てきたという彼の話は、きっと私の世界をさらに広げてくれることだろう。
 後で、彼の住んでいる場所を聞いておかないと。

「……あ、そうだ! まだ名前聞いてなかったな!」
 振り返って、ストライクが言う。
 言われてみて、私もまだ名乗っていない事にようやく気づいた。話を聞いたり話したりするのに、すっかり夢中になっていたらしい。どうやら彼もそうなっていたようだ。
「私は、レナと申します」
「レナ……か。素敵な名前だな」
「ありがとうございます」
 自然と顔が緩む。褒められるような事など滅多にないからか、嬉しさを通り越して恥ずかしささえ覚えてしまう。
「レナ、これからよろしく。俺の名前は――」

「やあ、ミスターハバキ!」
 ストライクの後ろから声がした。
 声がした瞬間、ぎくりとした顔を見せる彼。
 ミスター、という呼び掛けに反応した、という事は、彼の名前は。

「……エディィィィィッ!! てめえなんでこんな場所にいやがるッ!?」
 振り返るや否や、大声で叫ぶストライク――いや、ハバキ氏、と呼ぶべきだろうか。
 彼の視線の先を辿ると、そこには木にもたれかかって立つハッサムが1人。
 両腕にはめられている、鎖のちぎれた手錠が目を引いた。エディ、というのは彼の名だろうか。
「なんでって……たまたまここを通ったら誰かと話す君の声が聞こえたからさ」
 気障っぽい笑みを浮かべる、エディというらしいハッサム。
「それにしても、悪い人だねー。女の子をたぶらかして寝床に連れ込もうとするなんて。ただでさえ随分歳の差がある娘と付き合ってるっていうのに、そのうえ二股までするつもりなのかい?」
「バカヤロウそんなんじゃねえ! 俺はだなあ! 先輩旅人として、ここで眠れる場所を教えてやろうとしてるだけだ! 変な解釈すんな!」
「へぇー。でも君誘ってたよね? なんなら抱かれてみない? とか言っちゃってさ」
「……ッ、てめえそっから聞いてたのかよ!?」
「うん、聞いてたよー。あーあ、この事をあの娘が聞いたらなんて言うかなー?」
「だから違うっつってんだろうがァ! てかそっから聞いてたならあれが冗談だって事くらい分かるだろ! てめえの耳はフシアナかァ!?」
「え? それから後、君何か言ってたっけ? それともあまりに下品だったから僕の耳が聞きたがらなかったのかなぁー?」
「おいふざけんなァ!」
 いつ果てるとも無い口論が続く。
 いや、口論というと少し語弊があるか。
 お互い罵りあっているように見えて、それでも、どこかでお互いを理解しているような、風変わりな言葉のキャッチボール。
 これは所謂腐れ縁という奴だろうか。いや、喧嘩するほど仲が良い、という言葉の方がこの2人には合っているだろう。
 ポケモン同士の関係でさえ、こんなにも奥深い。
 この土地で知ることが出来ることは多そうだ、と、口喧嘩を延々と続けるハバキ氏とエディを見ながら、私は思ったのだった。

2011/04/17 Sun 00:04 [No.246]