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【ピクシブ企画】若森蜥蜴と中年蟷螂【ぽけスト】

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「えっ……?」
 鞄の中から取り出した薬が、私の手から落ちる。
 私は自分の目を疑った。
 眼前の彼は、あっけらかんとした顔でこちらを見ている。きっと、彼の見ている私は目を白黒させているに違いない。
「……どうかしたかい?」
 何事も無かったかのように、話し掛けてくる彼。
「どうかしたも何も、その体は……」
「体? ああ、多少歳食っちまってるが、悪くねえだろ? なんなら一遍抱かれて」
「結構です」
 ふしだらな笑みを浮かべつつ言う彼に、私は言葉に少しの怒りを添付して返した。
 いささか下品な彼の言葉が冗談なのは分かる。ただ、それでも彼の答えを私は不快に感じた。はぐらかされているような気がしてならないのだ。こちらは真剣に尋ねているというのに。
「冗談だよ冗談! 会ったばっかの女の子に手ェ出すほど俺も落ちぶれちゃいないよ!」
「それは解ってます。そんな事はどうだって構いません。私はこれだけ、貴方にお尋ねしたいのです。何故、私が雷パンチを当てて出来た火傷が、跡形も無く消えているのですか?」

 ニンゲンがほとんど訪れない『楽園』と呼ばれるポケモンのコロニーがある。
 そんな話を耳にして、私は此処を訪れた。
 数多の情報をつてにして、つい今しがたたどり着いたばかりのこの場所。ここで初めて出会ったのが、今目の前にいる入れ墨のストライクだ。
 出会うや否や『良い目をしている』というたった一つの理由で、手合わせを申し入れてきた彼。
 既に肉体が衰え始める年齢に入っているように見える彼だが、経験に裏打ちされているのであろう身のこなしは中々のものだった。
 戦術も見事だった。
 補助技で攻撃・速度を高め、掠めただけでも大きなダメージを受けかねない攻撃を連続で叩き込む。愚直とも言えるほどに単純な戦法だが、受けていた自分は全く勝てる予感がしなかった。体格の差も大きい上に、相性は圧倒的に不利、それでいてこちらの決定打はリーチの短い雷パンチしかないのだ。
 結局、自分は年齢の差を勝つために利用せざるを得なかった。彼の動きが鈍るまで攻撃を受け流し続け、動きが鈍った隙を狙う他に、彼に拳を当てる術は無かった。
 もし彼が私と同じくらいの年齢だったら、年齢差というハンデが私に無ければ、おそらく私は彼に勝てなかったろう。
 ――此処までは良いのだ。この程度の手合わせは、私は今まで何度も経験している。
 問題はその後だった。雷パンチの直撃を受け、傷ついて麻痺もしていた彼の手当をしてやろうと、私は薬を用意していた。
 治療に必要な薬を一通り揃えた所で振り返ると、そこには、先ほどの戦いで怪我をしたばかりの彼が、何事も無かったかのように立っていたのだ。それも、傷一つ無い姿で。

「……聞かれても、正直なんて答えりゃいいのか困るんだよなぁ」
 不意に語り出すストライク。
 腹を立てていた心を切り替えて、私は改めて彼に尋ねる。
「……つまり、分からない、という事ですか?」
「ああ、分からん。何てったって殺しても生き返っちまう位だからねえ此処は」
「……それは本当なのですか!?」
「ああ、本当」
 殺しても生き返る。常識を覆すなどという問題ではない、恐ろしい事象をさらりと言ってしまうストライク。
 私も私だ。普通なら、疑うことすらせずに『そんな事が有るはずが無い』とあっさり否定してしまえる事なのに『それは本当なのか』と疑ってしまっている私がいる。傷が一瞬で治ってしまうという、信じがたい事象が目の前で起きたせいで、自分の感覚が狂ってしまったのだろうか。
「……まあ、色々不思議なんだよここは。そういう事で皆納得してる」
 飄々としているストライク。こんな異常な環境の中にいて、なぜそんなに平常心を保っていられるのだろう。
「本当にそうなんですか? 何故こんな事が起きるのかって、不思議に感じたりしたことは無いんですか?」
 まくし立てるように私は尋ねる。
 珍しく冷静さを失っていた。何かに心を突き動かされていた。そうしたのは未知の物に対する興味か、あるいは恐怖か。
「ここに来たばっかりの頃は、そんな事も考えたっけなあ。だけど、そんな事を考えるのはすぐにやめたね」
 道端の岩に腰掛けて、ストライクは言った。
「なぜ?」
「知らなくたって別に困らないからさ」
「でも、何故そうなるかも分からないのに、不気味に思ったりは……」
「お嬢さんは体を動かすとき、骨やら何やらがこれこれこういうふうに動いてるからこう動く……とかいちいち考えてるのかい?」
「あ……」
 小さな子供のように質問攻めをしていた私は、その言葉でようやく我に帰った。
「そんな事いちいち気にしなくたって、世界は回るんだ。なるもんはなる。それでいいだろ。別に困ることじゃ無い、むしろあって嬉しい事なんだからよ」
 考えてみれば確かにそうだ。
 世の理をどこまでも理解しようとする、学者や研究者が存在するニンゲンの文明社会。その中で生まれ育った私も、ニンゲンから与えられた数多の物を、仕組みなど考える事も無しに使って来たではないか。それでいて、今更そんな事を気にし出すのも、ナンセンスな話かもしれない。
 でも。

「……最後に一つ、お尋ねしても、よろしいですか」
 私は言った。
「ん、なんだい?」
「……もしかして、此処は地獄ですか?」

「……ハッハハハハハハハハハハハ!」
 声高らかに笑いはじめるストライク。
 笑われるのは覚悟の上だ。自分でさえくだらない質問だと思っているくらいなのだから。
 いや、笑われる位ならまだ良い方だろう。相手はポケモンだというのに、私は『地獄』という、ニンゲン特有の宗教的価値観に基づいた言葉を使ってしまっていた。
 意味の分からない事を言う変な奴、と思われてもおかしくない事をしてしまったが、幸い彼はその価値観を理解しているらしかった。
「ここに来てそんな事言う奴は初めてだよ! 傷つく心配はない、食い物は美味い、そんな場所が地獄だってなら、天国ってのはどんだけすんばらしい場所なんだろうなあ!」
「……そうですよね」
 笑いながら話す彼につられて、私もくすくすと笑ってしまう。
「でも、もう死んでいるのなら、傷付かない、殺されても生き返る、っていう事に納得がいくな、と思って」
「……なるほどな。でも大丈夫だ。何度かこっから出たことあるけど、ストライクのお化けだー! とか言われたことは一度も無かったぜ」
 それならば確かに安心だ。その言葉が本当なのかどうかは分からないが、少なくともこの状況でこんな嘘を吐く事で、彼にとって何かメリットがあるとは考えがたい。
 私も、ここが地獄であってほしいと思ってそんな事を言った訳ではない。私はまだ死ぬわけにはいかないのだから。
「でもよ」
 再び、ストライクが口を開く。
「ここをあの世だって疑ってたのは分かったけど、何故『地獄なのか』なんて聞いたんだ? 天国じゃ駄目だったのか?」

 答えるべきか、答えぬべきか。答えに迷った。
 さっきまで随分とお気楽な事を言っていたのに、まさかいきなり、こんな真剣な話を切り出してくるなんて。

「……私は、天国に行けるような、綺麗なポケモンじゃないですから」
 可能な限り、答えの本質をオブラートに包んで答える。
「どうしてそう思う?」
 何を思ったのか、ストライクは怪訝そうな顔で言った。
「君みたいな優しい子が、地獄に堕ちる理由なんて無いと思うんだけどな?」
「私……優しく見えます?」
「勿論さ。勝手に勝負押しかけた名前も知らない奴のために、薬を用意してくれる奴なんてそうはいねえよ」
 語りかけるストライクの声は、下品な笑みを浮かべたり、飄々としたそぶりを見せていた時とは、全く違うもののように、私の心に染みわたる。
「お嬢さん、少しへりくだり過ぎだと思うぞ。もっと自分に自信持ちなよ」
 そう言って、ストライクは笑顔を見せる。
 先程のいやらしい笑みとは全く異なる、屈託の無い笑み。
 人の優しさを理解し、受け止める事ができる。この方はとても優しいお方だな、と私は思った。
 そう、私なんかよりもずっと。
「ありがとうございます。でも……」
「でも?」
「優しい私が、私の全部じゃ無いんです。私の中の優しい私は、多分ほんの少ししかいない。きっと私の中には、もっと沢山の醜い私がいる。優しい私を隠れ蓑にして、牙を剥こうとしている残忍な私が」

「……すまん、言いにくい事言わせちまったな」
 俯いて、ストライクは言った。
 別に言いにくい事では無い。私は自分をありのままに伝えただけであり、それを述べることになんら抵抗は無い。
 だが、私は彼の心遣いに甘え、それを口にしなかった。これ以上この話を続ける事は、何より優しい彼に苦痛を与える事になる気がしたから。
「……こちらこそごめんなさい。それから……ありがとうございます」
 代わりに口から出てきたのは、無用な心遣いをさせてしまった事への謝罪と、こんな私へ心遣いをしてくれた事への、感謝の言葉だった。

2011/04/17 Sun 00:03 [No.245]