Sgt.LUKE
それは、『幽霊』と呼ぶにはあまりに歪(いびつ)だった。
奇妙な目、機械のように光沢のある体。人間というより『亜人』といった感じだ。
探偵・ジキルはそんなおかしな『幽霊』に少しずつ近づいていく。
「おい、お前よぉ」
と、ジキルはだるそうな声で、
「ここで何してんだ?」
「…………………………」
返事は無い。ジキルは『幽霊』が何か喋るのを促すように
「なぁ、黙ってないで何か言ってくれよ」
「…………………………」
それでも返事はない。ジキルはこのほとんど沈黙の空間に疲れたように一度溜息をつき、
「――――いい加減喋れ。この野郎」
瞬間、乾いた炸裂音とともにジキルから何か高速の物体が飛び出し、幽霊の体を貫く。沈黙を徹していた幽霊はたまらずグッ、という呻(うめ)き声をあげた。
「おやおやぁ」ジキルは口の端を少し歪め、「ようやく喋る気になったか、幽霊さん?」
「くっ……」
幽霊が初めて自ら声を出す。
「貴様、何をした……?」
「…………」
「答えろッ!」
探偵はそんな幽霊の様子を眺め、歌うように
「弾丸」
……。幽霊は訝(いぶか)しげに眉を顰(ひそ)める。と、ジキルは幽霊の心情を察したのか、幽霊に自分の手を見せ、
「弾丸だよ」
手には拳銃が握られていた。拳銃は黒塗りの鉄のように黒く、光沢があり、銀で獣を象(かたど)った装飾が施されてある。六発装填のリボルバー型(タイプ)だ。
なかなかクールなその外見は鑑賞用にもってこいだが、奇妙なことに何故か銃口と弾倉が三つもある。
「正確には『銃弾』」ジキルは拳銃を指しながら、「この銃、三つも銃口があるだろ? 見ておわかりの通り一回引き金(トリガー)を引くだけで三発同時に発射されるんだ」
探偵はくるくると手の中の拳銃を回しながら、
「俺はコイツを『666(ザ・ナンバー・オブ・ザ・ビースト)』と呼んでいる」
(何なんだよ……コイツぁ……)
スピードワゴンは目の前の光景に思わず身震いした。ぞくぞく、と背筋に氷の塊を詰められたような感覚。今、スピードワゴンは恐怖しているッ。
自分には見えない幽霊が恐ろしい訳ではない。
自分には見えないはずの幽霊と平然とやりとりしている、あの探偵が恐ろしいのだ。
そしてすでにその探偵は幽霊に対して銃弾を浴びせている。何か――
(――何か、特殊なモノなのかなぁ?)
幽霊は見えないが、ジキルのあの奇妙な拳銃を見ることはできた。だが――
だが、それだけだ。
自分では『見ること』は可能でも、この状況で何もできない。スピードワゴンは己の直感でそう気づいていた。
クソッ! と奥歯を噛み締める。
何か役に立ちたい。
何か手助けをしたい。
けれども、何もできない。
「スピードワゴンッ!」
不意に声が砲弾の如く飛んできた。それは探偵の声。
(何だッ!?)
探偵がこちらを凝視している。まるで何か合図しているかのように。何か伝えたいかのように。
「……………………ッ!」
スピードワゴンはハッ、として、思わず駆け出す。足の向く方向は食屍鬼街(オウガー・ストリート)のさらに奥。ジキルたちがいる場所のさらに奥。凍りつくように冷たい道を全力疾走する。
「…………ッ!」
幽霊は自分の横を通り抜けようとするスピードワゴンを排除しようと、目の前の探偵に構わず、スピードワゴンに接近する。だが、単に見えないだけなのかスピードワゴンは何も気にしていない様子。
「ククククク」
幽霊はそんなスピードワゴンを憐(あわ)れむように笑い、手を振りかざして、
「闘いにおいて『よそ見』って行為はッ――――」
その手を振り下ろす。
「『死』を意味するんだぜェェェェェェェッ!!」
グシャァッ! という音とともに、スピードワゴンは血を噴き出し、地面に転がる。
――――転がる、はずだった。
「なッ……………」
幽霊は思わず絶句する。何故なら、
血を噴き出しているのは振り下ろした自分の手だったからだ。
「なんだとォォォォォォォォッ!」
絶叫。そのトマトをぶちまけたように紅(あか)い手は正三角形を思わせる三つの穴が空き、硝煙がプスプス、と出ている。
「知らないのか?」
幽霊の前方の探偵は歌うように、「闘いにおいて『よそ見』って行為は『死』を意味するんだぜ」
ジキルは再び手の中の銃をくるくると回し、そして幽霊の頭部のあたりへ銃口を向けると、刃物のような声で
「次は当てるぞ」
2010/02/10 Wed 19:45 [No.66]