Sgt.LUKE
入ってきたのは男だった。
黒い髪に黒い瞳。小柄な体格で身長は一五〇センチ後半から一六〇センチ前半といったところだが、そこまで幼さを感じさせる顔つきではない。推定して一〇代後半から二〇少しくらいだろう。男は事務所に入るや否や辺りを見渡し、一言。
「いい建物だね。趣(おもむき)がある」
? と、ジキルはその言葉の主旨がよくわからず小さく首を傾げた。男は続けて、
「見た感じ、戸や壁が相当風化している。おそらく一六世紀くらいの建物だね。違う?」
「ん? あぁそうだ。相当昔の建物だが、補強や改修をして現在に至っている」
「やっぱり! いやぁいいね。僕はこういう風格を感じさせるものが大好きでね。そうだ――」
「依頼は?」
ジキルが男の言葉を遮るように言葉を発すると、男は『そういやそうだ』と言い、
「ごめんごめん。すっかりここに夢中になってしまってね。僕の名前はハイド・ティエラ」
ハイド、と名乗るその男は己の目を光を浴びた海のようにキラキラ輝かせながら、
「君は最近話題の『獣人(じゅうじん)』って知ってるかい?」
「……、」
『獣人』。
先ほどジキルが目を通していた新聞に書かれてあった都市伝説じみた話だ。ジキルはわずかに眉をひそめて、
「知っているが……それが何か?」
「探してほしい」
ジキルの思考が一瞬停止する。この男は何のためらいもなくあっさり言い放ったのだ。『獣人』を探せと。ジキルはハッ、と我に帰り、
「あのなぁ、それって都市伝説か何かの類だろ? そんなもんに俺も労力使うのは正直嫌だ」
「あのねぇ君。この職業柄、仕事を断るのはどうかと思うよ?」
……確かに。言われてみれば一理ある。と、ハイドはややムッとしたような表情になり、
「それに、『そんなもん』なんて言われるのは少し心外だね」
「そうか?」
ハイドはジキルのその言葉に『あぁそうさ』、と言って更に瞳を輝かせ、
「それに仮に本当にいたとしたら君はゾクゾクしないかい? 僕は間違いなくゾクゾクするね」
(……………………)
ジキルの口から思わずため息が漏れた。厄介な依頼人が来たもんだ、と。
けれど、ジキルは別に『都市伝説』とった類のものは嫌いではない。実際自分も『獣人』なんてものが存在するならば、先程ハイドから言われたように『ゾクゾク』する。そもそも『探偵』なんて仕事も普段味わえないような奇妙な体験がしたくてやっているようなものだ。
ハイドの言う謎の『獣人』ははたして本当にいるのだろうか? それは自分の目で見て確かめなければわからない。こう見えてジキルはどんなことでも己の目で実際に確認しなければあまり納得しない性格の持ち主なのだ。
答えはもう決まっていた。
「これを見ろ」
ジキルは言って目の前の机に紙を広げる。内容はこの街の地図だ。
「『獣人』が出没したのはこのあたりだと聞いている」
ジキルは地図上のいくつかの場所を指し、チェックをつけていく。その様子を見てハイドは、
「それは僕も承知している。それでもって次に出没しそうな場所を前回の現場を元に模索していたところだ」
「そりゃ好都合。だいたい予想はついているのか?」
「まぁね。その『獣人』は教会付近に出没するんだろう? 僕は『獣人』が目的を持って動いているのかどうかはしれないけど、まぁ多分前回の現場の最寄りでいいんじゃあないかな?」
「なんだ。説明しなくてもわかってるのか」ジキルは少し口を歪めて笑い、「じゃあ目的地は――」
二人は地図上の同じ位置を指し、
「「ここだ」」
2010/03/10 Wed 23:20 [No.70]