Sgt.LUKE
「くっ……貴様ァッ!」
探偵を睨みつけながらドブのように濁った声で幽霊は吼える。
その顔は苦痛に歪んでいた。
「許さんッ! ぜぇぇぇぇぇぇぇったいに許さんッ!」
「別にいいよ。許されなくたって」
「許さん許さん許さんッ!」
「………………………………」
ハァ、とジキルは幽霊の様子に心底呆れたように溜息をつき「そろそろいいか?」
ジキルのその言葉に幽霊は眉をひそめる。ジキルはやれやれといった表情でハッキリと
「そろそろ撃(う)ってもいいかなぁ?」
瞬間、幽霊の足が爆発したかのように探偵のところへ向かう。
「マジで許さんッ!」
「あーもうホンットやかましいなぁお前!」
いい加減しびれを切らしたのか、ジキルは拳銃を構える。狙いは相手の頭部。一撃で仕留めよう、って概念だ。
猪のように一直線に走ってくる幽霊に引き金を(トリガー)を引く。乾いた炸裂音とともに三発の銃弾が放たれ、その軌道が相手の頭部に向かって真っ直ぐに伸びていく。幽霊は血を噴き出し、ギャアァと悲痛な叫びを上げるが――
――幽霊は倒れない。
被弾したのは幽霊の手だった。
「ヘヘヘヘヘヘヘヘ」幽霊は険悪な笑みを浮かべながら「もうこの手は役にたたねぇからよォ被弾したってかまわねぇよなぁぁぁぁ」
正確には被弾したというよりガードされていた。先刻ジキルに撃ち抜かれ、潰れたトマトのように真っ赤になった手で。
探偵と幽霊との距離は十分に肉弾戦が出来るほどにまで縮まっていた。幽霊はその距離感に思い切り口を歪める。
(………………………………………………………………マズイ)
探偵が思った瞬間、幽霊の蹴りが探偵の腹に思い切り刺さる。
「がはぁッ!」
ゴキリィッ、と生々しい音とともにジキルは2メートル程先まで放り飛ばされる。そんなジキルを見た幽霊は
「ちったぁ効いたかァテメェ?」幽霊は何かの呪文を紡ぐように不快な声で「いくらその銃弾が速かろうがお前自身は常人だよな?」
「……………………」
「ん? 何だぁまだやる気か?」
「そこ」
探偵は少し離れた場所にある橋を指差す。橋は家の二階分くらいの高さで架かっており、虹を思わせるような曲線を描いている。
「そこにいるよな?」探偵は凍りつくような冷たい声で
「本体」
――その橋には確かに人が立っている。
何の特徴も無いような男が一人。
幽霊はジキルのその言葉を聞いて、
「あぁそうだ。『本体(おれ)』は橋(あそこ)にいる。だが、俺が負ることはないッ! なんせ本体(おれ)は橋(ここ)にいるし、幽霊(そいつ)は橋の下(そこ)にいるんだからなァーッ!」
「ほう、そうかい」
「……………………ッ」
ゾクリ。本体の『男』は不意に体を強(こわ)ばらせた。そう、どこから見ても追い詰められているように見える探偵。けれどもその表情は、
あまりにも余裕すぎる。
人はあまりに追い詰められた時、『覚悟』を決め冷静になることがある。だが――
探偵の表情に『覚悟』という色は見られない。
それは明らかに『余裕』だった。
ゾワリ、と『男』の体を恐怖が包む。まるで見えない何かに体を蝕(むしば)まれていくような、そんな感覚。まるで禁句(タブー)を思わず言ってしまったかのような――
(禁句(タブー)……だと?)
…………『男』は遂に気付いてしまった。
自分が致命的なミスを犯してしまったことを。
知らず知らずのうちに禁句(タブー)を言ってしまったことを。
「スピードワゴンッ!!」
閃光のようにジキルの声が『男』のいる橋の方へ飛んだ瞬間、
「あいよ」
後方から若い男の声。『男』は振り返りたくないはずなのにその後方(げんじつ)に思わず目を向けてしまう。
そこには顔に大きな傷の入った男――スピードワゴンが立っていた。
「おい、オメェ」スピードワゴンは口の端を歪め、目の前の『男』に
「覚悟しろや」
グシャリッという鈍重な音とともに『男』は吹き飛ばされた。
2010/02/12 Fri 21:28 [No.67]